【小説】いつも傍に居てくれる君へ2

上っ面の言葉だけで進む男女平等。
学生たちにも等しく強いられるそれは、男女混合で並べられた出席簿に反映されていた。
また、この出席番号順とやらは、学生たちにとって死活問題とも言える状況を生み出すこととなる。
それはつまり、新学期が始まってからの一ヵ月ほどは、おおよそこの並びで座席が決まっているところだ。

「何であなたが私の前なの」

「出席番号順でしょ?」

そっぽを向いて不機嫌そうに背後でぼやく東雲 楓。
ぶつけられた皇 雫は、至極当然な返答をしていた。
そもそも決めたのは雫でも無いので、そんな言葉をぶつけられても困るとしか言いようがない。
それに何故か目の敵にされている楓の近くに座るのは、雫としても避けたかったのだ。

だというのにこのクラスの担任の磯部は、どうも変な遊び心が過ぎるようで、出席番号を逆さにした席順を指定した。
ややこしいことこの上ないが、この措置によって楓の前にちょうど雫が座ることになったのだ。

「皇、東雲。
 資料の仕分けしてほしいから職員室に来てくれ」

「はい、今からですか?」「何で私が!」

返答はバラバラ。
前者が雫で、後者が楓……わかりやすい正反対の答えが磯部へと返された。

「今日は四月十三日だろ。
 出席順なら東雲が十三、皇が十四だからだよ」

「意味わかんない!」

「そう言うなって。
 とりあえず皇は良いらしいから来てくれるか?」

「わかりました」

こうした手伝いに雫はあまり頓着しない。
どうせ誰かがやらされるし、たまたま運がなかっただけ。
文句を言ったところで他のクラスメイトに回って恨まれるくらいなら自分でやる方が良いだろう。
ただ資料の仕分けなんてのは、生徒にさせるような仕事じゃない気はしていたが。

「行けば良いんでしょ!」

憤慨する背後の楓に、振り返りもせず雫は苦笑していた。

雫と楓のエピソードは他にもいろいろとある。
むしろ楓の尖り具合が痛々しく、集団生活において問題が発生することしばしば。
やることなすこと即断・即決・即応で雑だというのに、成績は常に三位以内をキープしていた。
自信過剰と見せかけて、人を避ける傾向があり、我侭でありながらも最後には折れることが多く、彼女の精神性を理解するのはなかなかに難しい。

翻って雫は見た目や成績が平々凡々としていて、頼まれれば基本断らないお人よし。
中でも卓越しているのは受け流す能力だと言える。
流されているように見えるので優柔不断と思われがちだが芯があり、本人の琴線に触れる部分を曲げることはない。
教師でもやりにくさを感じることがあるので、本当に注意が必要なのは雫だったりする。

だからだろうか。
このクラスでは、二人をセットで扱うことが暗黙の了解となっていた。
例えば体育で作る二人組はいつでも雫と楓。
三人組の時は、なんというか……最後の一人が持ち回り制の人身御供的な意味合いになる始末。

出席番号が連番なこともあり、家庭科実習などの移動教室でも同じく。
教師からも楓のおもりとして雫を宛がっている気配がヒシヒシとしていた。
この扱いに雫は当然としても、楓も薄々気付いており、しばしば抗議することもあったが……楓を周囲が持て余し、結局雫が相手をすることになっていた。
こうしたやむにやまれぬ(?)事情から、当初は喧嘩腰だった楓は、次第に軟化していくことになる。

そうなると放っておかないのが周囲だ。

何せ楓の見た目は十人中十人が振り返るほどの美少女。
行動力があって頭もよく、
現に今も

「お帰り、また断ったの?」

「…………当たり前。
 何であんなやつと私が付き合わないとダメなんだ」

「モテるのは悪いことじゃないと思うけれど」

「相手による」

ぶっきらぼうに一刀両断する楓に、雫は苦笑交じりに「ごもっともで」と返すにとどまる。
セット扱いが二カ月も続けば、お互い普通に話をするようにもなる。
結果的に、雫は楓の扱い方をマスターしてしまったと言っても過言ではないだろう。

「はぁ、私の何が良いのかね」

「見た目」

「……それは知ってる」

照れているのか、やはりそっぽを向いて答える楓。
雫は視線も向けずに「自信過剰だね」とくすりと笑う。

「そうそう、実は僕もこういうものをもらってだね」

「………………はぁ?」

「机の中に入っていたのさ」

ぴらっと振る雫と、視線で追う楓。
かくて、その手には手紙が握られていた。

「何、雫はそれ受けるの?」

「それが名前も用件も書いてなくてね。
 一体誰が何のために僕の机に入れたのかもわからない」

「イタズラ?」

「ははっ、酷いな。
 けれど可能性はあるよね。
 ま、中には場所と時間が書かれてるから行ってみるつもりだよ」

改めてひらりと手紙を軽く振って軽快に答える雫。
別段気取った風もないのが、地味に楓の機嫌を悪化させていく。

「いつ? 何処なの?」

「それは教えられない。
 楓が野次馬するとは思ってないけどね」

「だったらなんで」

「見知らぬ誰かだけど、僕に宛てた中身を見せびらかすのも失礼な話だと思うんだ」

雫の中でのみ引かれる一線。
それは誰にも踏み越えさせることがない。

「何で手紙の話をしたのよ」

「そうだね、少し君に対抗心を燃やしたのかもしれないね」

くすりと笑う雫がたまに見せる心の揺らぎ。
踏み越えさせない一線があるなら、相手に気取られるようなことをしなければ良い。
徹底しきれないのは、やはり感情的でもあるからなのだろう。

「この件が終わったら教えてあげるよ。
 でも僕にはオチは大体見えてるんだけどね」

不思議な物言いをする雫に、楓は「オチ……?」と疑問符を浮かべる。
最初に出逢った時の険悪さは随分となくなっていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?