【小説】いつも傍に居てくれる君へ3

雫が指定されたのは、ひと気の少ない旧校舎の敷地。
今は日陰になっている場所で、携帯片手に相手を待つ。

楓の面倒を見ることの多い雫には、意外にも友達は多い。
むしろ楓の問題行動の報告が友達付き合いの始まりだったりするので、良し悪しを判断するのは難しいところがあった。
そんな相手とチャットを使ってお互いのくだらない話をし合い、遊びの予定が入ればスケジュール帳へ落とし込んでいく。

受け流す能力が高く、その副次効果で適度な距離感を保つ雫は、人付き合いのバランス感覚が絶妙に上手い。
各人の距離感に寄り添うような姿勢は、安心感を持たせるため、イベントの『数合わせ』に最適でもあった。
雫としても、特別扱いを望んでいるわけでもなく、呼ばれるだけで新たな何かを得られる機会に出会う。
しかも『数合わせ』の場合は、金銭的負担が軽いことも多く、本人も自身の能力を重宝していた。

今回のお誘いもその中の一つ。
まだ参加したことのない合コンとやらに呼ばれ、しかも無料で良いらしい。
行先はカラオケで、面倒になればひたすら歌えば良いと言われる何とも美味しいイベントだった。

そろそろ指定の時刻だ、と携帯で時間を確認して画面をブラックアウトさせる。
一人で佇む雫は「楓はもう帰ったかな?」と適当にぼやく。
離れていても彼女を気に掛けている自分に苦笑を浮かべながら。

そこへスッと新たな人影が差した。

「お待たせ」

「うん、少しだけ」

素直な感想と共に、雫は『いつものやつだ』と把握する。
何せ相手は、呼び出したはずの自分への気遣いがほとんどない。
もう少し何かイベントを匂わせてくれても良いんじゃないか、と現れた男子生徒に抗議したいくらいだった。
実際は気取られるほど雫の擬態能力は低くなかったが。

「実は……皇に頼みたいことがあってさ……」

「それはこんなところに呼び出してまで願うことなの?」

「あぁ、誰にも知られたくない」

「僕はこれで知ることになるわけだけどね」

「……それとこれとは別の話だよ」

彼は何とも都合のいい解釈をしているらしい。
それに周囲のすべてが、彼の都合で動いているかのような言い方をするのにも、雫としては少し腹立たしい。
こんなバカな奴に使う時間はもったいない。
さっさと用件を聞いて切り上げる方向へと舵を取ることにする。

「………………で、なんの用?」

用件はすでに分かっていたが、先手を打って潰してしまえば角が立ちかねない。
特に人の都合を考えないバカには、『わざと説明をさせる』ことが必要な手段だと雫はよく理解していた。

「あぁ、皇って東雲さんと仲良いだろ?」

「まぁ、おおむね?
 保護者枠みたいなものだけど」

「そこで頼みが……」

「うん、で?」

「察してくれよ……恥ずかしいなぁ」

心底面倒くさくなってきた雫だが、やはり距離感を取り間違えることはない。
後は叩き潰すか、受け入れてやるかの判断だが……後々のことを思えば、建前上は話を聞く方向で考える。

「君の名前も知らないのに無理な相談だよ」

「あ、え?
 二年三組の―――――」

首元に付けている校章の縁色で年上なのはわかっていたが、学年すら違うのだから彼を知るはずもない。
皆が皆、他人に興味があるとでも思っているのか……いったいどこの主人公だよ、と呆れてしまう。
ただの『その他大勢』に過ぎないくせに、何とも思い上がっているものだ、と彼の名は雫の耳にすら入らなかった。

「先輩、はっきり言ってくれないと。
 察した内容が間違ったまま進んで怒られても僕は知りませんよ?」

「そ、それもそうだな……。
 東雲さんに告白したいんだが、協力してほしい」

入学してから二カ月強。
この短い期間に、顔を真っ赤にしながら同じことを言われるのはこれで五度目。
相手は『初めて受ける相談』なんて思っているかもしれないが、二週間に一度以上のペースで起きれば、雫でなくとも最早手慣れたいつもの日常に成り下がるだろう。

「具体的には?」

協力するにも、色々とプランが必要だ。
何をする気なのかで手伝えるかどうかの返答も変わる。
だからここから先は相槌を打ちながらの確認作業になるわけだ。

「具体的……って?」

「僕に何をしてほしいんですか?」

「だから告白の手伝いを……」

「内容ですよ内容。
 先輩の後ろに付き添って告白を見守ってほしいわけじゃないでしょう?」

「そ、それは嫌だな……」

「まさかノープランですか?
 それなら僕にできることはありませんよ」

「え、ちょっと待ってくれ!
 皇に断られたら誰に頼めば良いんだ!」

そんなの知るか、と叫ぶ心の声を雫は何とか押し込める。
ここまで頭の悪い相談は初めてなので、もしかすると時間が経つほど悪化していくのかな、と一人諦めムードに入っていた。

「仮に、僕が楓を口説くなら、なんで他人に方法を教えなきゃならないんですか」

「……む?」

「僕を指名したのは、仲が良いからなんでしょう?
 だったら僕の考えで告白するには『立場が違いすぎる』わけです。
 先輩は楓にどれだけ知られていて、どれだけ印象を残しているんですか?」

「そ……それは……」

「長く彼女の隣に居る僕にすら『誰?』って聞かれるくらいですよ?」

印象など残っていないだろう。
下手をすれば挨拶すらしたことがないかもしれない。
それを初対面から協力を得る雫のことは呼び捨てにし、逆に楓のことを『さん付け』する辺りに人への配慮が足りない。
扱いの難しい楓相手に、そんな杜撰な態度で興味を惹けるものか……雫の結論は至って真っ当だった。

「それと僕が考えた方法で近付いて、好かれると思いますか?
 仮に付き合えたとして、彼女のために普段の性格を変えて対応し続けられますか?」

とは距離感を掴むことに長けた雫の言葉。
簡単なように見えて『相手に合わせる』のは非常に難しい。
大幅に違う自分を見せているなら、偽り続けることで常に自分を否定しているのと等しい。
故に時間が延びれば延びるほど、関係破綻の確率は加速度的に上がっていくことだろう。
いつ素が出るか分からないのだから。

雫は論理的に、楓は直観的に物事を判断する。
だから雫に縋れば行動に意図と理由を求められ、それができれば相談など必要ないのだ。
ゆえに考えなしに相談した相手が実は最大のハードルで、楓を攻略するのに一番簡単なのは直接攻撃だった、と彼が気付くのはこの少し後のこと。
相談しに行って打ちひしがれるとは思っていなかった先輩は、言葉少なめに「そう……か……。少し頭を冷やすわ」と言い残して去っていった。

是非とも二度と相談を求められないことを雫は願う。

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