【小説】いつも傍に居てくれる君へ5

普段は居ない五組の生徒が教室内に居るだけで注目されるのは当たり前。
さらに言えばこの岩城 陽介と名乗った生徒は、それなりに見た目が整っていた。
ここに楓の存在まで足されれば面倒ごとにならないはずがない。
そそくさと間に挟まれているはずの雫が密談を果たすため、廊下へと陽介を引っ張り出していく。

「馬鹿なの君?」

「どうして?」

「何でいきなり弁当なんか持って教室に来るのさ」

「いや、多分名前も知らないんじゃないかなと思って」

関係性が全くないのだから知りようもない。
となるとこうしたアプローチも間違いではないのかもしれない……と少しぐらついたものの、雫はぐっと抑えて言葉を返した。

「もう少し距離の詰め方ってものがあると思うんだけど」

「あぁ、そうだなぁ……だとしたら俺は頭悪いかもしれないわ」

たははと笑う陽介に、本当にこいつはどうしてくれようか……と溜息で返す雫。
あんなにも不十分な形で席を離れたので、楓へのフォローを考えると非常に面倒だ。
もういっそ適当な理由付けて自分だけ逃げようか……。
後は若い人に任せてなんて言ってさ、などと雫が考えていると、陽介が少し不安気な表情で訊いた。

「もしかして迷惑だったか?」

「まぁ、いきなりだったしね」

「でも事前に連絡って無理でしょ?」

「………………そういえばそうだね」

思い返せば最初は手紙からだったわけで、その後連絡先の交換なんてしていない。
楓狙いの男と連絡先の交換なんて意味が分からないし、事前に申し合わせがあっても迷惑なのには変わりない。
雫からすると、自分の知らないところで勝手にやってよ、が偽らざる本音だった。

「でもこれからは必要になるし、皇の連絡先もらえるかな?」

「ちょっと待って。
 何で……いや、確かに……はぁ、わかったよ」

連絡をもらうだけで、さっきのような変なイベントが発生することはなくなるだろう。
シレっとした顔で席を立てば、楓の冷めた態度で対応してくれるはずだ、と出会った最初のころを思い出す。

不用意に楓に近付けば心に怪我を負うため、雫の管理下に彼女が置かれることをクラスメイトは望んでいる。
つまり今の雫の位置取りは、周囲からの強制力のせいだ。
ただ一歩離れたところから観察するような雫と、さらに輪の外から軽く眺める程度の楓。
存外、二人の相性を考えれば良かったかもしれないが、あの他人を寄せ付けない楓と距離を詰める方法なんてあるのか、と雫は首を傾げる。

「よっし、これでいつでも状況を聞けるな」

「……そんなに頻繁に連絡してくるつもりなの?」

「いきなり来たら怒ったじゃないか」

「困ったんだよ」

額に手を当てて溜息を一つ入れてあからさまなポーズを取る雫。
いきなり来たことに分の悪さを感じて苦笑いを浮かべる陽介は、どうしたものかと今後の対策を考えていた。

「雫、早く食べよう」

教室の引き戸からすっと現れた楓が雫を呼ぶ。
一緒に食べることもあるが、相手に用事があったり気分転換のために席を離れることもあるので、普段なら気にせず食べ始めているところだ。
それをお誘いとは……雫は不思議そうな視線を送りながら「うん、すぐ行くよ」と返答し、陽介に手をヒラヒラ見せながら適当に追い返した。

「雫が帰れって言ったのに、なんであなたが居るの?」

「え、そんなこと言われたっけなぁ。
 さっきの『今日のところは』ってやつ?
 『今日くらいは一緒に食べよう』って意味じゃなかったのか?」

「うざい……ひたすらうざい。
 雫、どっか別のところで食べようか」

「お、良いね。
 まだ日差し強くないし中庭とかどう?」

「あなたはここで食べればいいじゃない」

「え、別のクラスで飯とかおかしくない?」

「だったら自分のクラスに帰りなさいよ」

人見知りというわけではないものの、どちらかと言えば他人を拒絶するタイプの楓。
いや、今まさに拒絶している最中なのだが、陽介が全くめげずに返事をしている。
楓にしてはぽんぽんと会話のやり取りが続くな、と雫はぼんやりと眺める。
面倒な気分になった雫は、いそいそと弁当を広げ、もう勝手にしてくれと仕草で語る。

「ちょ、雫食べるの?」

「お昼休憩は意外に短いんだよ。
 誰かのせいで10分は使っちゃったしね」

「……そうだね、わかった」

「やっと飯だな!」

「今日だけだから……」

「次は言われないようにしないとなぁ」

「次は無い」

「はいはい、いただきます」

ぼそぼそと言い合う二人に割り込むように、雫が適当にあしらって弁当をつつく。
楓はふんと溜息にも似た鼻息を一つしてもぐもぐと食べ出し、何故か陽介は余裕があるらしく、くすりと笑ってから弁当を広げた。

陽介がようやく食事に口を付けようとして気付く。
何故か黙々と二人は箱に詰め込まれたご飯を削り取ることに集中していた。
不審気な視線を送っても見向きもされないため、疑問を解消するべく咳払いをしてから尋ねた。

「普段どんな話をしてるんだ?」

「「………………?」」

弁当から顔を上げた二人は疑問符を浮かべる。
思わぬ反応に陽介も「あれ?」と声を上げた。

「雫と何話してたっけ」

「楓と……特に思い浮かばないのは何でだろ」

「話すことあったっけ?」

「用がないと話してないかもしれない」

「えっ、そんなに一緒に居るのに?」

驚く陽介に対し、二人は大した感傷も気負いもなく、ただ「一緒……結果的には?」「うん、結果的には」と軽く頷いて答える。
これではむしろ二人の間に割り込んできた陽介のせいで無駄な会話が発生しているとさえ思えてくる。
陽介も邪魔している自覚はあっても、こんな風な方向だとは考えていなかったため、途方に暮れかける。

「なら俺が質問するから答えてくれ」

「いやだけど」「めんどう」

「何でそういうところは意見ぴったりなんだよ……」

このまずい状況を新たな提案で切り抜けようとしたがあえなく撃沈。
大げさに項垂れる陽介に目もくれず、弁当へと視線を落とす二人。
追い討ちを掛けるように言葉を投げる。

「主に君のせいだろう?」

「そうよ、何しに来たの」

「あれ、何この敵地感?」

「ようやく気付いたみたいだよ楓」

「長かったわね雫」

「息ぴったりじゃねぇか!」

「「うるさい」」

「ア、ハイ……」

二組で五組の生徒が騒げば注目もされる。
いや、容姿が際立つ楓の傍に、雫以外の第三者が居れば嫌でも目に入る。
休憩が終わるまでには変な噂が立っていそうですらある。
またも厄介事に巻き込まれたと嘆く雫と、相変わらず陽介をぞんざいに扱う楓。
二人の間で静かに弁当をつつく陽介は、一体何を考えているのだろうか……。

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