【小説】いつも傍に居てくれる君へ7

《カバンに携帯放り込んでいて気付かなかったよ。何か急ぎの用でもあったのかな?》

陽介の着信に家に帰ってから気付いた雫は、すぐにそんなメールを入れた。
メールなんてするとやり取りが発生しそうで気が重くなるが……今のところ陽介は嫌悪感を持つ相手ではない。
何より昼休憩に願われたばかりで無視するのはさすがに気が引けた。
とはいえ、単に放課後まで心労を抱えたくないと思うのは自然で、むしろ雫の付き合いが良すぎると周りは言ってくれるだろう。

ともあれ、返信という大仕事を終えた雫は、携帯をカバンに入れて着替える。
人当たりが良くて気安く、それでいて噂に靡かない雫はなかなか人気者で、今日もまた買い物の付き合いを頼まれていた。
こうして続くことは珍しいけれど。

「ねぇ雫、最近来てるあの男子って何なの?」

「最近って言っても昨日からだけどね」

「そうだっけ?
 珍しいからすごく印象に残ってるんだよね」

「あぁ、確かに楓の近くに居続けるのはすごいよね」

「やっぱり楓狙いなんだよね?」

「だと思うけど……琴音、興味津々なんだね?」

「うん、仲良く話してるし、これは遂に楓にもお相手が!」

ウキウキするように話す同じクラスの吉川 琴音。
今日は彼女と雑談兼相談兼お買い物。
場所は駅周辺のショップで、散歩するように片っ端から覗きながらの雑談だ。

普段なら制服のまま出歩くが、少し都会に足を延ばすと『女子高生』は途端に声を掛けられてしまう。
それも余り歓迎できないようなお誘いばかりなので、雫が事前の申し合わせでお互い着替えてくることにしたのだ。
不快さを取り除くのも人付き合いのコツだった。

「………………仲良く話してる……だって?」

「違うの?」

「あの修羅場を琴音は知らないらしいな……」

「あー……いつも通りお疲れ様なんだね、雫は」

「そう思うなら琴音も参加して欲しい」

「無理無理、楓様を扱えるのは雫だけさ」

「酷い言われようだな楓は」

あれでも良いところもあるんだけどな、と雫は苦笑いを浮かべる。
ただ、その良いところに触れる前に周りが引いてしまうだけで。

そんな愚痴や雑談を交えた相談を終えた雫の手には、お礼と称されたシュークリームが一つ握られていた。
買い食いは余り褒められたものではないが、甘くて美味しいものは正義。
並んで頬張りながら帰路に着いている時、ふと携帯を放置していることを思い出した。

取り出して画面を見てみるとチャットの通知が複数にメールが二通。
ここでようやくようやく陽介からの返信に気付く。
カバンに放置するクセを治さないと、と帰路で思いながらメールを開いた。

《ちょっと話したいことがあったんだ》

《あ、でももうちょい延期することにしたから悪かったな》

時間を見てみると、どうやら返信してからすぐに一通目、その三十分後に二通目が届いており、一つずつ開いて見た雫は疑問符を浮かべる。
とりあえずわかることは何だかよくわからないまま延期になっていたことくらい。
延期と書いてあるし、解決したわけではないらしいけれど……と雫が首を傾げている姿を、隣の座席に座る琴音は楽しそうに見ていた。



昼休みに陽介が来ることが増え、ちらほらと楓も話をするようになってきていた。
楓のガードは随分と硬いが、それでも顔を合わせ続ければ雫のように対応が柔らかくもなっていく。
突き放されてもめげない陽介の姿勢は、非常に『楓の攻略法』として機能しているようで、そんな様子を横で見ていた雫は秘かに感心していた。

「パンって珍しいじゃん」

「たまにはね」

「にしても、よく菓子パンが昼飯の代わりになるよな」

「黙って食べる」

「アッ、ハイ」

今日もまた情報収集を目論む陽介と、鬱陶しそうにあしらう楓の攻防が繰り広げられていた。
雫は今日も平和だなぁとぼんやり思う。
というのも、陽介が参加してからは雫が呼び出されることがなくなったのだ。
代わりと言っては何だが、楓がよく呼び出されているので、危機感を持った有象無象さんたちは果敢にアタックをしているのだろう。

そこで思うのは、やはり楓に合わせる気はないんだろうな、というところ。
赤の他人同士が寄り添うには、お互いの歩み寄りが大事になる、と人付き合いを大事にする雫は実感もしている。
けれど、自己紹介もせず、相手のことを知ろうともせず、いきなり告白なんて手段で挑むのは、相手のことを考えていない証明でもある。
楓が呼び出される度に、合わせる気もなく一方的な告白で相手の好意を勝ち取るなんて随分と夢見がちだな、と雫は思っていた。

「雫、今日ちょっといい?」

「なんだ、どこか行くのか?」

「んー……今日は予定があるかな」

「そっか、じゃまた今度誘う」

あっさり引き下がってくれる楓に、雫は心地良さを感じる。
相談ともなれば個人的な内容になるので、一々用件を伝えないのはいつものこと。
そして雫が参加する話は、意外と面倒ごとも多いことをよく理解していた。
また、後日談的に話せる内容なら聞かせてくれるため、楓もとやかく詮索することはあまりない。

「あれ、聞いてる?
 俺の話聞こえてますかー?」

「もしかして何か急ぎでもあった?」

「大丈夫、楽しんできてね?」

「うん、ありがとう」

「っちょ……ナチュラルに無視はさすがに凹むぞ?」

「うるさい」

「アッ、ハイ……」

こうして今日も平和な一日は過ぎていく。



放課後の雫には、先日呼ばれていた合コンという大事な用事があった。
初めての参加に、少しだけ期待を抱いて目的地を目指す。
ただ、合コンが何たるかを雫は知らないのは、意外な落とし穴だったかもしれない。


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