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【小説】いつも傍に居てくれる君へ10
結局、雫は楓に押し切られる形で申し出を受けることになった。
とはいえ、特に関係性が崩れることもなく、また周囲に告知することもない。
二人だけが知り、そして今までは触れる距離に居なかった二人の距離は、ほんの少しだけ近付いていた。
この誤差とも言える空気の違いは、近しい人にすら気取られることもない。
ただ…………雫を想い、振られることとなった陽介には、つらい現実を感じ取ってしまっていた。
「そっか、そうなるかぁ」
「ん? どうしたの?」
「いや、完璧に振られたなぁと思って」
「そもそも最初に断ったよね?
なのに他人のクラスに来て、公開告白を勝手に始めるなんて頭おかしいんじゃないの?」
辛辣な雫の言葉が陽介に突き刺さって大ダメージを与え、失恋で消沈している心をさらに抉って項垂れさせる。
逆に気分上々なのが楓で、表情や言動は普段と同じだが、なんとなく浮足立ったような雰囲気が微かににじむ。
元々漂っていた艶のある色香も呼応して華やぎ、ますます人を惹き付けるようになっていた。
告白件数の増加は間違いない…………雫は他人ごとのように考えていた。
「うざい」
「東雲は相変わらずきつい…………」
言葉の一刀両断に呻くくらいしか返せない陽介。
彼のライフゲージはとっくに残っていなかった。
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彼女、と呼ぶのは何か変。
恋人、と呼ぶのも非常に違和感がある。
雫はそんな特別な相手で、不思議な立ち位置に居ると楓は考えていた。
そして仲の良いカップルがたびたび話題に上げるように、雫もふいにこんな質問を投げかけた。
「僕の何が良いの?」
学校の帰り道。
気まぐれに入った全国チェーンのカフェの端っこでポロリと零した純粋な疑問。
雫は自分の性格を把握していて、だからすり寄って来ることの多い相手も理解している。
気弱な性格で人と余り話せないタイプだったり、承認欲求がことさら強かったり…………と、相手の言動に依存症するメンタルに好かれるのだ。
その点楓は正反対。
芯が強く他者を拒絶する反面、近付ければ軟化する。
主張を曲げることはないけれど、意見を聞き入れないこともない。
直観・感情的でありながら理性的な側面を持ち、素直で賢いが表現が直接的で短文になりがち。
陽介への辛辣な物言いも、この辺りの性質が前面に押し出されているためだ。
こんな相反する性質を持つのは、時間差によって対応が変わるから。
瞬発的な判断は直観で即応、時間を取れるなら論理的に説き伏せる。
当たり前とはいえ、この落差が大きすぎる楓は、人に合わせるのが得意な雫にとって、予想外のびっくり箱を開けるかのようでいつも楽しませてくれるのだ。
「私を怖がらないから」
「いや、僕以外にたくさん告白されてるでしょ」
「そうじゃない。
私の本質を知っていても怖がらないから」
「本質?」
いつもと同じく伏せがちな楓の顔を覗き込むように問いかける雫。
そんな深い話をしたつもりはなかったのだが、まじめな話へと突入してしまった。
どうしたものか、とうつむきがちな楓を見ながら雫が対策を考えていると言葉は続いた。
「そう、本質。
私が目を合わせるとね、みんな気絶しちゃうの」
「は?」
「昔から私の前で立ち竦んでしまう人は多かった。
もっと小さい頃は『どうしたのかな?』って思っていたけど、ある時を境に意識を失う人が出てきちゃった」
その『ある時』を楓は明確に覚えてはいないが、これは彼女が過去から抱えるトラウマに他ならない。
恐らくこんな話をした相手はそう多くないはず…………そう察した雫は、相槌を打つように初対面のことを思い浮かべた。
「それで僕も初対面の時に…………」
「うん、だからいつも人と目を合わさないようにしてるんだ」
入学式を思い返せば、確かに視線を合わせた瞬間、意識がブラックアウトしてしまった。
特に何かをされたわけでもないのに、本当にいきなりスッパリとその後のことは覚えていない。
あぁ、そうか。
雫は変に納得してしまった。
かたくなに視線を合わせないのは相手のため。
強気な態度で拒絶するのも同じ理由。
わざわざそんな障害を自分で作っているのに、それでも近付いてくる人が居れば拒絶しきれない…………。
彼女は人知れず優しくて、だからいつも寂しい思いをしているのだろう。
「そんな目に遭った本人たちも理由はよくわからなくて、問題になったことはないよ。
けれど私はみんなを避けていた。
関わらなければ目を合わせることもないし、目を合わせなかったら人が倒れることもないからね」
「あぁ、だから楓は人を見ないんだね。
嫌ってるわけじゃなくて、相手のことを思って…………」
「まぁ、ね…………。
でも雫はそんな私と視線を合わせようとしてくれる。
今も合わせたらどうなるか分からなくて怖いけど、それが嬉しくて…………気付けば、ね?」
やはり目を合わせようとせず、黒髪の奥で揺らめく視線を下げて頬を染める楓。
楓が信じる現実を、雫は少しだけ外から斜めに見る。
たとえば家族はどうなのだろう、と。
「家族は大丈夫なの?」
「大人は大丈夫」
「何となく理由は分かったよ。
でも多分それはもう大丈夫だと思うよ」
「どうしてそんなことを言えるの?」
「予想だけどね」
教わった条件をいくつか並べた雫は、ピッと人差し指を立てて説明口調で楓に語り掛ける。
実際に体感した雫の意見も含めると、意外と簡単な答えにたどり着いたのだ。
「楓は見た目が整ってるでしょ」
「うん、まぁ…………」
「否定しないところが楓らしくて良いね」
「茶化さないで!」
「こほん、では改めて。
楓から発信される情報が多すぎるんだよ」
「…………わかるように教えて」
「僕はね、楓を初めて見た時に感じたんだ。
楓が風景から浮き出すような印象と、周囲を書き換えるような雰囲気、引き込まれるような感覚を強烈に覚えてる」
少しだけ気障ったらしく表現した、直接的ではない誉め言葉。
そこに気付くほど楓に余裕はなかったが、少しだけ雫の頬が赤みを増したような気がしていた。
「余計にわからないんだけど…………」
「だから楓から受け取る情報が多すぎるんだよ。
そんなとこに『感情を表す』って言われる目まで追加されたら、情報過多で意識が飛んじゃうのさ」
「え? は?」
今まで理由もわからず悩んでいたことだ。
戸惑う楓を雫は優しく笑って頭を撫でる。
指先を通して受け取る柔らかいすべすべの黒髪の感触は、いつまででも撫でたくなってしまう。
「ま、感覚から考えた適当なでっち上げなんだけどね」
「適当なの!? 私は真剣なのに!!」
「ははっ、別に嘘ってわけじゃないよ。
僕はその答えで合ってると思うし、実際にその通りなんだからね」
「…………ちゃんと説明して」
「条件の一つ目、大人は大丈夫で、子供は意識を失う。
二つ目、視線を合わさなければ大丈夫。
三つ目、過去に意識を失くした僕でも、今なら楓を見つめていられる」
ジッと楓と視線を合わせて近距離で目を見つめる雫。
ぽかんとしていた楓の頬が色づくのを見計らい、にこりと笑って撫でていた頭をぽんぽんと軽く叩いて手を放す。
少し背伸びした態度を取った自覚のある雫もこっそりドキドキしていたが。
「なっ! 危ないよ雫!」
「まぁ、大丈夫だったし良いんじゃないかな。
それに今なら楓が面倒見てくれるでしょ?」
「う…………するけど…………しますけど!?」
「きっと子供には刺激が強すぎるんだよ。
それか感受性が豊かとか…………ほら、大人なら大丈夫だし、僕みたいに楓と触れ合えば慣れるんじゃない?」
「そう、かな…………?」
「さぁ…………?
試してみても良いし、やらなくても良いんじゃないかな。
楓は今のまま、横顔を見せてるだけでも周りを惹き付けるわけだしね」
「雫は私の見た目だけが好きなの…………?」
おずおず、といった雰囲気で問う楓。
バカなことを聞いてくるな、と雫は呆れてしまう。
けれど確かに面倒ばかり見られているように感じて、不安を持つのも仕方ない。
「僕は楓が気になって仕方ないのに酷いな」
「答えになってない…………」
「そうかな?
楽しいことも、困ったことも…………何をするでも、僕の予想を外外す楓のことばかり考えているのに?」
「………………………………今はそれで許す」
「そ、良かった」
好意の質は少しずつ違っても、お互いを想い合う気持ちは深かった。
声のトーンも抑えめでも、目立つ楓となだめる雫は周囲の視線を集めていた。
知らぬは本人たちばかり…………二人は独特の雰囲気で、カフェの一角を陣取っていた。
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