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知床正月山行③

新春読み切り第3弾
「テント再び〜ビールのおねえちゃんの巻」

いいかげん、こんな題名に頭を使っている自分は、何やってんだ、という虚しさに襲われる。
ここまで来たので、くじけず続けよう…
登頂記ではありませんので、お許しください。

1月2日、初夢を見たかどうかわからないまま、4時30分に起きた。昨夜の残り飯でお茶漬けをつくり、カップラーメンで補充する。朝の重い固まった体にとって、やっぱり小屋泊まりは良い。

6時出発。今日しかチャンスのないEさん、たっぷりと寝たミツルさん、いつもと変わらないちゃくちゃくとしたFリーダー、晴れ男の名誉挽回をたくらむぼく、一行4人は、小屋を出て、夜が明けきらぬギンギンに冷え切った中、小屋の横にぽつんとある主のいないテントの横でスキーをつけ、スノーバーをザックにくくりつける。
上を見上げると闇に雲が広がっていた。ヘッドランプをつけて南西ルンゼへ向かう。ライトに照らされる足元のスキーは、貼った反射テープと雪が光って楽しい。
昨日のルートで大曲まで行く。夜明けの森の中は、ひっそりとして今にも小人が出てきそうな世界である。そろそろ明るくなってくる頃、同時に今日の天気は「くもり」が始まった。稜線では雲がひしゃげて「あーれーっ」と風に強く流されている。
マイナス10℃、くもり、風強し。視界は昨日よりわずかに良いくらい。峠の手前の吹きだまりで天候待ちのツェルトを張った。ホッとする。みなのタバコの煙で一杯になる。Eさんは、ここまで来て今日の登頂はないとあきらめたのか、行動食をみなに勧める。
峠から南西ルンゼに取り付くまで、ダケカンバ帯(帯なんて言うほど今年は雪が少ない)に入って、くぐりながら進む。8時20分、標高850m地点に達して、「今日はここまで」とのこと。
帰りは、明日の再度アタックに備えて赤テープをつけてゆく。愛山荘に9時30分に着いた。

Eさんは小屋でゆっくりもせず、昨日ミツルさん用にとっておいたしゃぶしゃぶも食べずに帰路についた。ぼくたちはプリンを作ったりした。
もう2度と使わないであろうテントを撤収することにした。正月も2日だというのに、網走山岳会さんはもちろん、どこのパーティーも愛山荘へ来ないことが不思議だった。
テントをたたみ、ポールもしまって今日の仕事は終わった。これから3人だけの小屋での空間だ。
一日の行動を済ませた午前中に少し空が晴れてきた。ラジオからは箱根駅伝の実況が流れていた。

正午をもう少しで指そうとする頃、人が来た。ほんとうに「人が来た」という感じだった。網走山岳会さんのIさんたち4人であった。Iさんたちはペレケを明日アタックするために偵察へ行くというので、Fリーダーとお供させてもらった。最低限のものをパッキングし、そそくさと出発。大曲までの近道にトレースをつけているので、そこまでは楽ちんだ。網走山岳会さんからは3人が出発したが、1人は途中で帰った。さて、大曲の道路からクラストした小さな尾根に取り付きペレケの方向へ進む。小さな尾根の上はハイマツが出ている状態で、雪も固く、スキーでの歩行が困難になった。網走山岳会さんはいつもここから左の沢沿いにつめて通称:飛行場へゆくとのことだった。たしかにそのルートは斜度もなく、雪も柔らかく快適だった。少し青空が見える。下部しか見えない羅臼岳はもう夕焼けを映していた。ぼくは初めて、目の前に広がる飛行場を見た。いつも視界が悪く強風であったこの場所が、白く静かな空間をたたずませていた。しんみりと落ち着いた台地だった。飛行場の端からペレケへの取り付きへ向かう地点まで行って引き返した。天頂山の陰になり飛行場だけが青い雪面となり、反対方向に羅臼岳の山肌が染まっていた。4人で帰りは小さな沢の深雪を滑った。転がりながら、足を埋めながら…。

道路に至る地点でデポ品を回収し、テントを張ろうとしている釧路山岳会さんの会長Sさんが連れの方と2人でいた。Sさんこと愛称「はっちゃん」は、ぼくが羅臼町に少し住んでいた頃にお世話になったビジターセンターで、寝泊まりしながらボランティアをしていた、パイプ煙草をくゆらせる人だ。明日は南西ルンゼをやると言う。

15時30分、小屋に着いた。スパッツやらを外している頃、わらわらと人が登ってきた。釧路の太平洋炭鉱の山岳会さんの人たちだという。ぼくたちはコレカラぞくぞくと登ってくる人たちが小屋にお世話になることを思い、少し遠慮しがちになった。「どうする?」といった顔つきでFリーダーとミツルさんと時を待った。
また、テントを張ればいい。
いや、せっかく一緒に泊まっては?と誘ってくれているのだし…。
そりを引いたシェパード犬までやってきた。その犬は「ひで」という名で、割合大きく、引いてきたそりの中は人様のビールであった。犬にかまっていると、ある1人の女性が到着して、Fリーダーに「外にテントを張って寝れや」と、下山中のある人にことづけをたのまれたらしい。ある人とは、きっとEさんだ。もうぼくたちにはその一言によりテントを張るしか選択肢はなかった。

夜は、小屋から15人くらいの男女の楽しい笑い声が聞こえていた。ぼくたちは外のテントの中で、ハンバーグと鶏肉入りのチゲ鍋を作った。
恒例のハッピーバースデーを網走のS石さんに無線で元気よく届けた。

「こんばんわぁ〜もう寝ましたぁ?」と、テントの外から声がした。訳の分からないままテントのジッパーを開けると、先程の女性だった。テントにササっと入ってきた女性は、手に500mlのビールを一本持っていた。
「なんだか悪いことをしたみたいで…」と、女性は少し恐縮していたが、からからした性格のその方は木村(あ)だと名乗った。(あ)というのは、きっと同じ会の中に木村さんがもう一人いるのだろうと思った。ビールが今夜の分までなかったぼくたちはありがたく頂戴した。その木村(あ)さんは、冬の知床は初めてだと言い、カ○タに知り合いがいるのでピッケルを格安で買えるよと言った。若い人たちが会にいなくて困るとも言っていた。一通りの話をして小屋に帰って行った。

こんなわけで、正月山行も翌日は悪天候で即下山し、幕を閉じました。
次回は、もっと情熱と興奮が湧いてくる記録を書きたいです。
どうか今年も会のみなさんが、元気で素晴らしい山との出会いがありますようにー
お天気にも体力にも恵まれますようにー
このような報告を終わりまで読んで下さり、ありがとうございました。


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