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春のプールサイド, 失踪した音楽家 二篇

季節の変わり目は曖昧ですぐに過ぎ去ってしまう。春の日差しかと思えば、風は冷たい。曖昧な気候には習慣的に接しながらもやはり春がやってくる実感はある。僕が現在、書いている曲の影響が幾分かはあるとは思うが、それでも僕の脳内は春の暖かさを要求している。

春長期休暇が訪れた。僕にとっては、それは待ち焦がれていたくせに始末におえぬ幕間であり、憧れていたくせに意地の悪い心地だった。

就職活動が始まった時から、僕は畏まった書類等に形式的に自身の特性を書き綴ることは禁じていたのに、僕の思っている以上に就職活動は形式的だった。A社はスーツを着用することを義務化していたし、B社は課題がなかなかハードモードでかなり暗示的だった。とはいえこの徒労をたらたらと綴るのもここではあまり適切ではないだろう。ただ、僕はあまりにもこの社会が形式的であるということを感じたのだ。(それはもちろん一面的なものであるけれど)

とはいえ、抗しがたい海の波に憂鬱を投げ入れても仕方がないだろうと思うし、こればかりは粛々とやるだけなのでそこまで辟易してないが、たまには息抜きというものが必要だ。お得意の自己分析やら、日々のミーティングでしっぽりと息を吸い、それが蒸発してしまわぬうちに息を抜かなくてはいけない。たまにはバランス重視する一体感が構造上不可欠なことを我々は知っておく必要がある。

・・・・ふと気がつくと僕は水の中に取り残されていた。
僕は、息抜きをするために水泳を嗜むという特性があるらしい。幼年の頃から水泳教室に通っていたし、学生時代は水泳部に所属していた。重力から少しばかり解放され、幸も不幸も水に委ねられたあの空間で僕の中で何かが燃えだすのであった。それと同時に心が浄化されていく作用もあった。

都内から少し離れたトレーニングジムの屋内水泳施設に通うことにした。平日の昼間の人はまばらで、30歳ほどの人々がのんびりとトレーニングしている。意気揚々とトレーニングし続けるような本格的なジムではなく地域密着型のスタイルなのでのびのびとした雰囲気が特徴的だ。(地域密着型でののびのびした空間ゆえに謎のコミュニティー連帯感の空気が渦巻いているのは読者も想像ができるところだろう)

どのコースにも意気昂然たる上機嫌な人々が独自の泳法で泳いでいる。僕は一人で初心者コースでアップを始めた。(泳ぐのは1年ぶりだし初心者でも問題ないだろう)高校時代に心掛けていたいくつかのルーティーンを終えた後、本格的に調子が出てきたので少し早いコースに移って、泳ぎ始めた。数百メートルを泳ぎ終わり、最後に力を入れて全速力で泳いでみるかと意気込み、「早く泳ぐコース」で泳いでみることにした。水を味方にしながら前へ進むこの感覚はやはり気持ちが良いものだ。クイックターンはお手のもの、ただ僕には体力がないので後半の水をかく両手は疲れを見せていた。この乳酸がたまる感じも久々だなあと水に抗えないこの弱さが垣間見える瞬間さえ楽しめた。

ほんのわずかな瞬間だが力を振り絞った達成感と爽快感に満ち溢れた。それを隣のレーンの50代半ばだろうか、いかにも水泳ができそうな身なりの初老軍団が僕のことを見つめていた。何かレギュレーションでやってはいけないことをしたかなと自身の行動を思い返してみる。

「君、十六歳?」
「いや、違いますよ。二十一歳です。笑」
「泳ぎ、早いんだねえ。これから、ジュっぽんやるけど、やる?」
「ジュッポン?」
「100m、10本!」
「10本!いやいや僕にはそんな体力ないですよ...」
するとそのチームの中にいたも一人の人物が、
「いやいけるよ、10本ぐらい若いんだからさあ。まぁとりあえずついてきなよ!」

レギュレーションの問題ではなかったようだ。どうやら僕は、謎の交流会に誘われた。それも相当な運動量の。こんなの部活じゃないか、恐ろしい(!)と内実思い、孤独を要求していたが、優しそうで悪気のない3人組を見ているとなんだか気が変わっていった。面白そうだしちょっとやってみるか。

・・・撃沈だった。完全に水のなかで取り残された。体が痛い。1年ぶりに泳ぐ日に部活なみのメニューをやるんじゃなかった。いつも良心のおもりが簡単に上の方までのし上がってきて、全て受け入れてしまう。完全敗北である。若さには自信があったが、この有様である。私はあのおじさんたちになりたい。そうとすら思った。

僕は謎の敗北感を味わいながら帰路についた。体は悲鳴をあげていた。冬の締め付ける寒さと、疲労感を感じた体と脳内が安寧を求め、僕に筆を進めさせた。冬春のプレイリストをはじめたのでその紹介文を。

"長い眠りの長き安寧の眠りから覚め、風通し良い暖かな春が来る。牧歌的なソングライティングに身を委ねながらもディスコ調のポップスに乗り込む。閉塞的なリズム感に疲労感を感じたら、春の爽やかな日差しと息吹が舞う大地に目をやり、祈ってみよう。僕にもきっと豊穣な煌めきを与えてくれるだろう。このプレイリストは随時更新していくので気に入った曲があればぜひ追加してほしい。"

僕は浪漫的な物語の耽読から、まるで世間知らずの少年のように、あらゆる優美な夢をこのプレイリストに託している。見事なまでの疲労感はプレイリストの紹介文の想像力までにも影響を及ぼすのらしい。この疲労感の想像力はプレイリストの紹介文だけはなく、音楽世界の物語までも迎へ入れた。やはり水泳と云っても広いものだった。








1章 失踪した音楽家
okkaaa






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