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目標を決めた瞬間、私たちは囚われてしまいがち

私たちは長らく、目標を達成することがよしされる世界に生きていました。目標を達成し、それに基づく結果がでることがよしとされていました。学生時代から、そして社会人になってからも、私たちは何かしらを目指してきたかもしれません。結果を出すことは会社勤めでは当たり前かもしれませんし、「仕事をする」という概念上、それが常識とされてきたかもしれません。

けれどときにそれは私たちが、私たち自身で在る、ということから遠ざけてしまうことだったりします。目標に向かってプランを立てる。そこに囚われてしまうと、私たちは「今ここに在る」ことから徐々に遠ざかっていきます。立ち止まることを恐れ、未来への不安を解消すべく、あらゆるリスクヘッジを講じて準備に明け暮れるかもしれません。それは競争相手など存在しないのに常に戦っているような状況を生み出していきます。

何か行動を起こすとき、結果への期待を手放す。そのプロセスを楽しむ。そんなことができないのはなぜでしょうか。どんな不安や恐れから、私たちは目標や結果に執着していくのでしょうか。

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私たちが地方で開催する「QUANTAリトリート」も、ありがたいことに初めましての方々に触れることがとっても多くなってきました。社会的に活躍されている方々や土の時代らしい豊かさをきちんと享受されてきた方々も増えてきた気がします。ただ自分との向き合いにおいて、土の時代を生きてきた処世術をそのまま踏襲して、「目標」や「結果」を求めたり、正解を求めようとすると思わぬ落とし穴に陥りがちだったりします。この世は内的世界で起こることが、外の世界で現象化します。正解や答えを得たとしても、内的世界での深い気づきがなければ現実の変容は私たちが想定できる範囲内におさまってしまいがちです。もちろんとりあえず行動しながら変容を徐々にもたらすことはできますが、大きなブレイクスルーを人生に招き入れるためには、内的世界での気づきや癒しが深まれば深まるほど、そしてあらゆるコントロール欲が手放せるほどに、私たちは奇跡のようなセレンディピティ、シンクロニシティ、ブレイクスルーを体験することができるのです。そして行動を通して、それをさらに具現化し続けていけます。

最初はちょっと慣れないかもしれませんが、QUANTAリトリートや各種プログラムに参加される場合は、心の扉をオープンに、自分自身の感情や感覚に素直になってみる、心の違和感やざらつきを観るということに意識を向けてみてください。深く気づき、完全に観ることができたとき、すべてが緩み、解放が起こります。きっとそこには、人生を軽やかに進めていくためにとても大切な目に見えない宝が隠されています。

私たち運営チームのメンバー自身も日々、自己変容を重ねながら、みなさまを最善な形でホールドさせていただけるよう、精進していきたいと感じています。まずは数日後に開催される「QUANTAリトリート屋久島」にて、ご参加のみなさまとお目にかかるのを楽しみにしています!またみなさまの、よき内的世界の旅をお祈り申し上げます。




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