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「家庭水田」やりませんか

note、はじめまして。いきなり、なんのこっちゃ?なタイトルです。
「家庭水田」、私の頭の中をぐるぐる回って、ポンと出てきた言葉です。

広辞苑っぽく勝手に定義すると・・

かていすいでん【家庭水田】
①  家庭菜園の田んぼ版。家で食べるための米を栽培する田んぼ。
②  農薬や化学肥料を極力使わず、気軽につくる小さな田んぼ。

これを流行らせたい。勝手に家庭水田構想(妄想)をしています。

それはなぜか。

家庭水田は楽しい

冒頭の写真は、田車を押す息子(4)です。小さな田んぼは、子供の遊び場にもなります。我が家の田んぼは、収穫後の稲ワラだけを戻していますが、年々トロトロになってきて、泥パック状態に。手が荒れるどころか、すべすべになります。

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田植え前、息子の通うお山の教室のみんなが泥遊びする様子。これだけ気持ちいい泥と、生き物がいっぱいの田んぼも滅多にないぞ、と妙に誇らしく、嬉しい気持ちになったのでした。

米は意外と簡単に自給できる

米作りも今年で15年目になりますが、やってみると、米づくりは野菜づくりよりも簡単です。水が足りなかったり、草に埋もれてしまったりしない限りは、肥料なしでも驚くほどちゃんと実ってくれます。

何千年も前に田んぼというシステムを作った先輩方の知恵と、人間と一緒に(あるいは人間を利用して)進化してきたイネという生き物への畏敬の念は深まるばかりです。

品種によって収穫量にも差がありますが、30m四方の田んぼ(1反弱)でも、3〜4人家族が1年食べるくらいの収穫があります。

たとえ米が1年分買えるお金があっても、社会情勢が劇的に変わる中で、買えなくなることも起こり得ます。でも米が1年分あれば、飢え死にすることはありません。この安心感は、他では得難いものです。

大規模化の限界

田んぼは畑と違って、貯水池の周りの草刈りや水路の掃除を、共同で行っているところも多いかと思います。

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これは年一回の、貯水池の草刈り風景。20人くらい集まったメンバーは60〜70歳台が中心で、38歳の私が最年少、同年代が3人。

このまま高齢化や大規模化が進むと、メンバーが減り、大変なことになりそうです。気軽に田んぼを作る人が増えれば、共同作業もラクになります。

海にやさしい米作り

私の暮らす海士町は、島根県の離島(隠岐)にあります。海・山・田畑の揃った、日本の箱庭のようなところです。名水が湧き、平らな地形に恵まれているため、離島の中では珍しく、米が自給できるところです。

田んぼから海まで、近いところは10メートル足らず。ほとんど田んぼが海とつながっている感覚です。海へ流れる農薬や肥料が減らせると、海の生き物にも良さそうです。

農地と機械が余ってくる

大規模化の中で、大型機械では生産効率の悪い小さな田んぼは、担い手が減ると順番に放棄されることになります。家庭水田にはこういった小さな田んぼが向いていて、放棄される田んぼの受け皿になります。

機械についても、大型のトラクターやコンバインの普及で使われなくなった小規模稲作向きの耕うん機や、稲刈り機(バインダー)、脱穀機などが、農家の納屋にはたくさん眠っていて、また働ける日を待っています。我が家で活躍する機械も、近所でいただいたものがほとんどです。


まだまだ、家庭水田を推す理由は挙げればキリがないくらいあるのですが、今日はこのへんで・・。

今後も折を見て我が家の田んぼの様子をご紹介しながら、もし興味を持ってくれる人がいれば、実現までの道すじを一緒に探りたいと思っています。

家庭水田、やりませんか。

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