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No.675 心の「ともがら」

1952年(昭和27年)、福岡市天神に生まれた彼女の名前は鎌田小恵子。父親は米空軍の将校だったそうですが、彼女が生まれる前に朝鮮戦争で戦死しています。母は中州でバーを経営していたといいます。もともとは、遊びで作った英語詞によるブルース「アイム・クライング・オン・ザ・ベッド」に自ら日本語の歌詞をつけたのが、次の曲でした。
 
♪ 私は泣いています ベッドの上で
 私は泣いています ベッドの上で
 あなたに逢えて 幸せだった
 昼も夜も 帰らない
 あなたがいたから どんなことでも
 なりふり構わず 歩いて来たの ♭
 
10歳で上京しました。17歳で母を亡くし、高校へは行かず生活のためにスナックで弾き語りをしたそうです。彼女の芸名は「りりィ」。仲間が付けてくれた渾名だといいます。りりィの〝ィ〟がカタカナなのは「何となく」だったそうですが、芸名にする感性の閃きを感じます。私には、「ひらがな+カタカナ」でハーフをイメージさせます。父親への恋慕があったかもしれません。
 
1974年、喉太いハスキーボイスで哀感溢れるその歌を歌った彼女は、私より1つ年上の22歳でした。不思議な魅力の主は、その後、シンガーソングライターとしてだけでなく、テレビドラマや映画の女優として、また、ラジオのパーソナリティーとして、更にCMの演者としても活躍しました。
 
リリシズム(lyricism)とは「叙情性」と訳されています。ある解説によると
「ギリシア語のlyra(竪琴)から出たlyric(叙情詩)に由来する。竪琴にあわせて歌う叙情詩のもつ主観的、個性的情緒を貫く精神をいう。」
とありました。彼女は、ギターにあわせて歌う彼女は、まさにリリシズム的「りりィ」でした。
 
そのりりィは、2016年(平成28年)11月、肺癌のために64歳で人生の幕を閉じました。「0011 ナポレオン・ソロ」を演じた米国俳優ロバート・ヴォーン(83歳)と同じ船に乗ったことでしょう。
 
画面でしか知らない「りりィ」ですが、同年代のその女性の活躍に、見ているだけで元気をいただいたものです。何か、心の「ともがら」を失った寂しさを味わっているのです。彼女の七回忌が近づいています。
 
「人影の萩に行き来や七回忌」
俳人・川崎展宏

※画像は、クリエイター・あいまるさんの、タイトル「森の少女の物語②」をかたじけなくしました。縦長の素晴らしい絵だったのに、一部しか紹介できなくてすみません。