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No.1159 ほがらほがら

20年近くも前に頂戴した年賀状の1枚から、思いを馳せてみました。ご一読いただければ幸いです。
 
『古今和歌集』巻13・恋3・ 637番は、「よみ人知らず」の歌です。
「しののめの ほがらほがらと 明けゆけば おのがきぬぎぬ なるぞかなしき」
(東の空がしらじらと明けてきたので、あなたとわたしが服を着て別れていかねばならないのは、ほんとうに悲しいことです。)

歌の中で、「後朝(きぬぎぬ)」のことが述べられており、別れを急かされる悲しい思いが伝わってきます。古今を問わず、恋する者たちにとって共同幻想のような趣の歌でしょうか。

ところで、二句目の「ほがらほがらと」は、とても印象的な響きです。「朗ら朗らと」で、次第に夜が明けていく様子を表す副詞でしょう。平易で分かり易い言葉なのに、用例の少ない珍しい言葉です。

『新編国歌大観』(第1巻・勅撰集編・索引、角川書店、昭和58年2月8日初版)には、二十一代集の勅撰集の全句索引が載せられていますが、「ほがらほがら」はこの1首だけです。

もしやと思って、他の作品群を確認してみたら、『私家集編Ⅱ・定数歌編』(第4巻)に1首、『歌合編・歌学書・物語・日記編』(第5巻)に6首、『私撰集編Ⅱ』に1首ほどしか詠まれていないことがわかりました。

さて、『古今集』の1100年後の2005年(平成17年)の干支は「乙酉」(きのととり)でした。
「とりのねに ほがらほがらと あけゆきし ちとせのあゆみ つぎてゆかばや」
と年賀状に自らの歌を書き添えて下さったのは、名古屋大学の後藤重郎先生(1921年~2006年)です。和歌文学の研究者で、『建礼門院右京大夫集』の論文のご縁で教えをいただくことになりました。

先生の句は、「東天紅」と鳥の声に元旦の空が次第に明けて行く凛とした清々しさの中で、新年を迎え、心新たに学問研究にいそしみ、先達の教えをさらに明らかにしていきたいという決意の表明であるように思いました。

古今集では、夜明けの悲しさ、やるせなさを想起する「ほがらほがら」ですが、後藤先生の歌は、和歌文学(古典)をいっそう推し進めて究明したいとする心の夜明けの「ほがらほがら」であるように受けとめました。

チコちゃんに叱られそうなくらいボーッとしている私ですが、日常の中にも見回してみると「ほがらほがら」と導いてくれそうなものがあるような気がします。まずは、七十代を「ほがらほがらと」生きながら…。


※画像は、クリエイター「STS_Photo"ismあなたに魅せたい写真があります」さんの、タイトル「新年のPhoto」から初日の出の1葉をかたじけなくしました。「ほがらほがら」と明け行く1枚ですね。お礼申し上げます。