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No.929 おどろき、もものき、俳句のき

「何じゃこりゃーああ!」
『太陽にほえろ』(日本テレビ系列)という刑事ドラマの1シーンで放たれたこの言葉は、ジーパン刑事を演じた松田優作のアドリブだったそうです。名優が生み出した妙味ある台詞です。番組は、第111話「ジーパン・シンコ その愛と死」(1974年8月30日放送)中での事です。私は20歳でした。あれから半世紀近い歳月が流れましたが、なぜか、いつまでも身近にある感動語なのです。
 
私が俳句を知って初めてその感動語を叫んだのは、
「短夜や乳ぜり啼く児を須可捨焉乎(すてつちまをか)」
という竹下しづの(1887年~1951年)の句でした。1920年(大正9年)に「ホトトギス」8月号の巻頭を飾ったそうです。彼女は33歳で、前年に次男が生まれ、この時点で2男2女を抱えていたといいます。
 
「須可捨焉乎」は「すべからく捨つるべきか」と訓む漢語表記です。それを「すてつちまをか」と柔らかくて、くだけた日本語で読ませる心憎いや創意工夫にやられます。そればかりか、乳を欲しがってむずかる我が子を「捨てちまおうか」とサラリと詠んでしまう大胆さにも驚かされます。まさに「何じゃこりゃーああ!」でしたが、この時代の句としては革新的であり、保守的な女性からは反感を、また、働く女性や子育て中の母親からは共感を得る歌だったのではないかなと想像します。
 
また、夏と言えば、この人のこの一句、
「おそるべき君等の乳房夏来たる」
西東三鬼(1900年~1962年)の作品です。季語「夏来る」は、暦の上では立夏(5月6日)の頃をいうそうです。本業は堅実な歯医者さん、本名の斎藤敬直を「西東三鬼」と更に角ばった雅号にするあたり、さぞかし気難しい人物かと思われました。ところが、「三鬼」は「サンキュー」をもじったという説もあるくらいで、伝統的な俳句にとらわれず、自由で豊かな発想で句作したことを知り、この句に納得した次第です。
 
「おそるべき」のひらがな表記に意味を感じます。「恐るべき」だと、圧倒されるような女性の乳房を感じます。「畏るべき」だと、女性のシンボルである乳房の神聖さが感じられます。その象徴的な乳房が、夏が近づき薄着になる事で、より印象強くなります。女性の豊かさ逞しさ、清らかで美しい像が、五七五に縦横に織り込まれてみごとな柄のようです。
 
「何じゃこりゃーああ!」という驚きの声を上げたくなるのは、この句作が、1945年(昭和20年)~1947年(昭和22年)頃にかけてであるとあったからです。自由を得て、戦後すぐに復興を目指して胸を張って生きる女性たちの心意気をも感じる句なのです。
 
とはいえ、韻文はただ味わうのが宜しく、下手な言葉は、きっと無用なのでしょう。
「つまらん、お前の話はつまらん!」(キンチョーのCM)
もう10年も前に亡くなられた大滝秀治さんの言葉が、私の頭をペチペチ叩くのです。


※画像は、クリエイター・素晴木あい@ AI絵師さんの1枚で「沖縄の岬で撮った写真」をかたじけなくしました。今の私には、「何じゃこりゃああ!」と声を上げたくなるような、胸のすく景色でした。お礼を申し上げます。