見出し画像

No.802 魅せられた51文字

宮本輝著『新訂版 命の器』(講談社文庫、2005年)「芥川賞と私」の中に、惚れ惚れする言葉がありました。在職中の10年以上前に読んだお話です。
「芥川賞のおかげで、私は小説家として生活が出来るようになった。それを私はたとえようもなく幸福に思う。同時に芥川賞は、受賞前の数倍、数十倍の努力と戦いと不安を、私にたたきつけた。私は自分の中の天分の存在に疑いが生じたとき、いつも一通の電報の文面を読み返す。芥川賞の受賞が決まった夜、一番最初に我が家に届けられた、筑摩書房の元編集部長原田奈翁雄氏からの電報である。――ココロヒキシメ  ショシンワスルベカラズソロ  ニンゲンヲミルメイヨイヨフカクツメタク ソシテアタタカランコトヲ――。」

1977年(昭和52年)、宮本輝が『蛍川』で第78回(下半期)芥川賞を受賞した時のお話でしょう。いの一番に駆けつけた電文の見事さといったら、ありません。私のような一介の人間の心でさえも打ちぬく強さと愛情にあふれています。

賞に満足して慢心せず、褌の紐を引き締めよ、初心を忘れるな、小説家として、人を見る目の冷徹さを磨くことと温厚さを失わぬこと、という注文を付けた先輩文人からの嬉しい贈り物です。心に残る名文です。

こんな電文を打つことのできる原田奈翁雄(ナオオ)とはどんな人物だったのでしょう。氏は、1927年(昭和2年)東京で生まれました。宮本輝より20歳年上です。1952年(昭和27年)、筑摩書房に入社しましたが、1978年(昭和53年)筑摩の倒産に遭い退社しています。その後、1980年、径(こみち)書房を創業し、1995年に退社しました。
 
その略歴から、宮本輝が芥川賞を受賞し、原田奈翁雄氏が小説家への人生訓のような電報を送ったのは、勤めていた筑摩書房が倒産する前年の事だと分かりました。身辺慌ただしき頃だったでしょうが、若き作家への期待と、思いを託したようなカタカナの51字が、私には、「希望」を見据えた文字のようにも思われました。漢字でも平仮名でもないカタカナの不思議な魅力、お手柄というべきでしょうか。
 
――ココロヒキシメ  ショシンワスルベカラズソロ  ニンゲンヲミルメイヨイヨフカクツメタク ソシテアタタカランコトヲ――

何だか、読む人すべての心に宿ってくれそうな厳しくも温かく包容力のある言葉です。


※画像は、クリエイター・うるしばたみかさんの、タイトル「盆栽鉢を金継ぎしてみた」をかたじけなくしました。きっと、新たな器には命が宿っていることでしょう。お礼申します。