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No.128 「しおり」に思う

「降る雪に枝折りし柴も埋もれて思はぬ山に冬ごもりする」
西行法師の歌集『山家集』冬・530番の歌です。歌意は、「降る雪のために、帰る時の目印として折っておいた柴の木の枝も埋もれてしまい、思いもしなかった山で冬ごもりをしてしまったことだよ」というのでしょう。

七十歳を迎えた老婆は、息子に背負われ「姨捨山」に運ばれる途中、所々で木の枝を折りました。
「婆は、山から這って帰るつもりで枝を折っているのだろうか?」
と、息子は疑っていました。山頂に老婆を置き去り、息子は老婆に促されるままに山を下り始めます。しかし、帰り道が容易に分かりません。運良く、白い枝の折れた箇所がだんだんに見つかり、それを頼りに、無事に麓の村に戻ることが出来ました。それは、息子が帰り道で迷わぬようにと老婆が折った目印でした。自分の身は捨てられながらも、我が子に残す母の無償の愛。厳しい自然の中で貧しさと闘って生きる家族の悲しい物語です。

姥捨山伝説は、信濃にある話です。いくつかの異なる話が存在するようです。古典では『大和物語』(10世紀の中頃)中の「姥捨て山」が知られます。男にとって育ての親は叔母でしたが、結婚とともに妻から邪険にされ嫌われて「山に捨ててきてよ!」と詰め寄られます。男は、老婆を山奥に捨ててきますが、恩ある叔母を捨ててきたので寝られません。姥捨て山にかかった清澄な月を見ているうちに、心が浄化され不孝を働いたことに気づき、老婆を迎えに再び山に登るという改心の物語となっています。

小説家・深沢七郎は『楢山節考』で、この姥捨山伝説の家族の心理を克明に分析しています。当時の田舎の因習と貧しい家族生活実態が、胸が苦しくなるほどの表現でつづられています。この作品は、後に映画化もされました。

さて、「しおり」は、「枝(し)折り」から生まれた言葉で、「道しるべ」や「目印」のことです。ですから、「旅のしおり」は、まさにガイドブック(道案内)なのです。

「しおり」の漢字「栞」は、「干」が「木の枝同士がぶつかって鳴る音(カン)」なのだとか。「木と枝」が一つになった漢字が「栞」です。「木の枝を折る」その行為と何か繋がっているようで、私には興味深く思われるのです。私のお気に入りは、書家の勝山先生が「吉祥」と書かれたしおりです。

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