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No.1339 わたしは、わたし。

1929年(昭和4年)茨城県生まれの詩人・新川和江さんが、8月10日95歳で天に召されました。新川さんを詩人の道へと導いたのは、女学生時代、東京から隣町に疎開してきた詩人の西条八十(1892年~1970年)だったそうです。「現代詩の悪い影響を受けていないところがいい。それに、ボキャブラリーがとても豊富だ」と言ってくれたといいます。さぞ、嬉しかったことでしょうね!

代表作の一つ「わたしを束ねないで」は、 上皇后陛下・美智子さまがご愛読され、英訳もされたとか。 1984年(昭和59年)に中学校国語の教科書にその詩が掲載されて以来、今日もなお多くの生徒たちに読まれています。

わたしを束ねないで  新川和江
 
わたしを束(たば)ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱(ねぎ)のように
束ねないでください わたしは稲穂(いなほ)
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色(こんじき)の稲穂
 
わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください わたしは羽撃(はばた)き
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音
 
わたしを注(つ)がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮(うしお) ふちのない水
 
わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
座りきりにさせないでください わたしは風
りんごの木と
泉のありかを知っている風
 
わたしを区切らないで
,(コンマ)や  . (ピリオド)いくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終りのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩

『わたしを束ねないで』新川和江詩集、童話屋

「女に生まれ、恋をし、妻となり母となる、その折おりに、女である自分をふくめ、生きとし生けるものを讃えつづけ"女の一生"を綴った詩人・新川和江さん、究極のアンソロジーです。」
とは、出版社の紹介文です。

「わたしを束ねないで」は、多くの若者たちの心情にオーバーラップする言葉でしょう。まだ何者にもなりえていない少年少女の胸に深く染み込み、強い共感を覚える人が多いのではないかと思います。自分の外からの要求と、自分の内からの欲求とは、なかなか合致せず葛藤の日々を過ごすこともあると思います。私も、そんな感情を持った一人です。
 
新川さんは、「娘、母、妻」という立場を経験する中から、あるがままの自分、あるがままの姿を忘れずに求めようと声にし、詩に歌ったのかも知れません。彼女自身の体験の息吹が、詩に放たれているように思いました。
 
5年も前の授業中、詩の鑑賞ののち、新川さんにならい、生徒たちに「わたしを束ねないで」の詩を創ってもらいました。次の数編は、その中からの採録です。中学生のピュアでフレッシュな心に触れることが出来たのは、新川和江さんのお陰です。その御霊に捧げます。
 
作品A.
 わたしを過保護にしないで
 赤子のように
 幼児のように
 わたしを過保護にしないでください
 わたしは水
 どんな形にもどんな色にもなる 一本の水の糸
 
作品B.
 わたしを閉ざさないで
 おりの中の動物のように
 囚人のように
 閉ざさないでください
 私は鳥
 好きなとき 大空をかけめぐる
 
作品C.
 わたしを枯らさないで
 水やりを忘れられた花のように
 潤いをなくした瞳のように
 枯らさないでください
 わたしは薔薇
 永遠に輝き続ける 一輪のバラ
 

「さまざまなわれを束ねてわれはあるわれのひとりが草笛を吹く」
 佐竹游歌集『草笛』自選十首 俳誌「八雁」


※画像は、クリエイター・「ちびねこ@愛されたくて生きづらい人」さんの、AIイラスト「空を飛ぶ」の1葉をかたじけなくしました。お礼申し上げます。