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No.377 心の炭を継ぎ足して生きる

 「10年、一昔」などと言いますが、こちらは13年前の今ごろのお話です。放課後の進路指導室でコピーをしていた時のことです。同じ部屋で自主学習をしていたうら若き乙女二人が、ボソッと、
 A子「行ける大学が、あるんかなぁ。」
 B子「すげー怖いわぁ。」
と、それぞれ言いました。

 自分をごまかさないで、身もすくむような不安と対峙しながら、一心に勉強を続けている姿に接して、ふと40年近く前に同じような気持ちで受験に臨んだ自分のことを思い出し、変わらぬ受験生あるあるに、何か感動に近い感慨を抱いたのでした。

 学内で、通りかかる生徒に向けて、いきなり声を掛ける癖があります。
 「人生とは、何?」
この時期の高校生の応答の中で、一番心に残っているのは、
 「恐れを知ることです!」
と即座に応えた男子のことです。中高一貫の6年間をトップで駆け抜けた彼でさえも、高い進路希望は、かなりのプレッシャーを与えるようでした。

 世の中には、恐ろしく頭脳明晰で成績優秀な人もいますが、不安だからこそ一所懸命になれる、その孤独なたたかいに日々向き合っている彼らを心から声援します。自分にできなかったことを、どこかで期待しているのです。

 「学問の寂しさに耐へ炭をつぐ」
は、1924年(大正13年)、俳人山口誓子(せいし)が23歳の時の句だそうです。第1句集『凍港』(1932年)に所収されています。東京大学で法律の勉強をしていた誓子が、本郷の下宿で寒さを凌ぎながら、火鉢に炭をつぐ時の心情を詠んだものだと言われています。作歌の経緯は、家庭環境も併せて考えるべきかもしれませんが、寒い下宿の部屋に「炭」を入れて暖を取りながら、「心の炭も継ぎ足し」て、不安や恐れや寂しさに立ち向かおうとしているのだと私は観じています。

 「心の炭を継ぎ足して生きよう」と思うようになったのは、この句との出会いがあってからのことです。

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