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No.694 二つの大きなSODE

「うれしきを何に包まむ唐衣たもとゆたかにたてと言はましを」
(こんなにたくさんある嬉しいことを何に包んで持って帰ろうかしら。着物の袖にしまえるように大きく作ってくれと言っておくのだったよ。)
『古今和歌集』巻第17、雑歌上、865番の「読人しらず」の歌です。

「嬉しい気分を包む大きな袖を作ってもらうのだったなぁ。」という魅力的な発想の歌です。今から1100年も前に、このような歌を詠んだ女性をゆかしく思ってしまいます。私はこの句を知った時、太宰治が高校生の頃に作った英語の物語を思い出しました。

もう40年以上前のことです。日本近代文学館で「太宰治展」がありました。その展示物の中に、太宰が弘前高校時代に書いた英作文「KIMONO」がありました。変色した大学ノートにインクで書かれたその物語を、私は、興味深く思ってその場で書き写しました。教員となってからは、授業中に子供たちに紹介したこともあります。

さて、みなさん、着物にはなぜ大きな「袖」があるのでしょう?太宰治は、こんな理由を考えたのです。
"KIMONO"
Do you know why Japanese costume has two big "SODE”.
Perhaps, you do not know.
This "Sode" has an interesting story.
I will tell it to you.

Long long years ago, there was a very very fair woman.
She was so tender and fair many men of that day wrote to her many love-letters.
If she took a walk, men flung their letters into her pocket.
At last, she had no space to receive their letters on her person.
And then that very clever woman made "SODE" in her costume.
Is this story not interesting, Sir?
All Japanese wish to have love-letters flung to them.  Good

蛮勇を振るって、訳してみます。
『着物
 日本の着物には、なぜ二つの大きな「袖」があるのか知っていますか?
 恐らく、あなたは御存知ないでしょう。
 この「袖」には、興味深い物語があるのです。
それをお話ししましょう。
 むかしむかし、とてもすばらしく美しい女性がいました。
 彼女は、非常に優しくまたきれいだったので、当時の多くの男たちは、彼女にたくさんの恋文を書き送りました。
 もし彼女が散歩に出たら、男たちは彼女の服のポケットに手紙を投げ入れました。
 そしてついに、彼女の身体のどこにも男たちの手紙を受け入れる所がなくなってしまいました。
 そこで、とても賢い彼女はその着物に「袖」を作ったのです。
 先生、この物語、面白いと思いませんか?
 すべての日本人は、恋文をそれに入れてほしいと思っているのです。』   
 良ろしい
 
この英文に対する教師の評価は「Good」だったのでしょうか?私は、高校生の太宰が、着物の袖が誕生した理由について、あのように艶でいて健康的な話を創作したことを、とても興味深く思いました。そして、作家としての片鱗をそこに見たようにも思ったのです。
 
「乱れ咲く乙女心の野菊かな」
 太宰治(『パンドラの匣』「コスモス 2」に見られます)

※画像は、クリエイター・みれのスクラップさんの、タイトル「Midjourney:カレー・着物」をかたじけなくしました。お礼申します。