No.624 畏るべし、馬上で育つ人々
「蒼穹」の言葉が思い浮かぶほど青く澄んだ空が、モンゴルの大草原を覆っていました。
もう、ひと昔も前のお話です。不意に尿意を催し、午前3時ごろ目が覚めました。眠れなくなったので、おもむろにTVを点けたら、世界最大の馬のレース「ナーダム」(モンゴル語で「祭り」の意)を放映していました。中でも花形競技と言われるのが、9歳までの少年騎手が信じられないくらい参加して、35キロもの長距離を駆けめぐる草競馬です。遊牧民たちの部族の名誉と誇りをかけた競走だそうです。
レースに参加する馬は、放牧馬から選ばれます。また、多くの騎手の中には、都市生活の少年もおり、草原で地元の子供と練習生活を行うほどだそうです。馬は、子供自身が調教します。子供は、馬の心を読みかね、悪戦苦闘します。眉間にシワを寄せながら格闘するのですが、大人は一切口出しも手出しもしません。遠くから、じっと見守るだけです。
馬と過ごした夏のある日、ナーダムは最高潮を迎えました。爆走する騎馬一体となった子供たちの群れ。少しも大げさではなく、砂煙が嵐のように立ちのぼり、疾走する馬の速さを物語りました。落馬すれば命の保障はない危険なレースです。それなのに、誰一人としてヘルメットを着けていません。
十歳前の子供たちが、誇りをかけて戦います。激走する馬に更に鞭をくれながら、命と向き合いながら、その厳しさを克服しながら、時には笑顔を見せて楽しみながら、ゴールを目指して、ひたすら真剣に争うのです。草原に繰り広げられる壮大なスペクタクルです。
のんびりと子供時代を過ごした私は、そのレースに圧倒され釘付けになりました。遊牧民族らしい試合ですが、
「モンゴル人は、馬上で育つ。馬のいない人生は、つばさのない鳥のようなもの。」
という諺があるといいます。
「人は馬上で育つ。誰も教えてくれない。自分で体験し、自分で考え、自ら獲得するのだ。」
という教えでしょうか。日本の子供たちには真似のできない人生観や生命観の中で生きている彼らですが、モンゴルの人々の遺伝子が今も脈々と受け継がれているように思われました。
厳しさの中から自らがつかみ取って成長してゆく。親も子も、その学びを是とするモンゴルの人々に「畏るべし」との思いを強くしました。
時計の針は、午前4時を指していました。
クリエーターは、tamaga waさんの「内モンゴル シラムレン草原」の画像をお借りしました。果てしなく続く地平線に人々の心の景色を見る思いです。お礼申し上げます。