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No.677 無駄なことなんて、何一つない

「コーエツ」とは景凡社(校閲部)に勤務する河野悦子の「河悦」と「校閲」の懸詞です。彼女の上司・茸原(岸谷五朗)は言います。
 
「どんなに苦労をして緻密な確認作業をしても、結果(原稿が)間違っていなければ、その苦労は誰にも知られず褒められる事もない。無駄な作業と言われても致し方ありませんね。ですが、これが我々校閲の仕事です。彼女も、おそらく無駄とは思っていません。誇りを持ってやっているんです。」
 
その「コーエツ」こと河野悦子も後輩に言います。
「でもね、やるだけ無駄なこと、人生にはいっこもないと思うんだ。たとえ、誰に褒めてもらえなくても、出来る限りのことは全力で全部したと思いたい。だから私も、今からまた無駄だって思われることしてくるよ。」
 
「地味にすごい!校閲ガール・河野悦子」(2016年、日本テレビ・水曜ドラマ)第5話「型破り校閲ガール!カリスマスタイリストに物申す」の中での印象的な台詞です。河野悦子を演じた石原さとみの眩しい程に脱皮した個性的な演技が冴え、光ります。髙橋まつりさんにも見て欲しかった場面でしたが、まだ、会社でお仕事中だったでしょうか。早朝の南の空に浮かぶオリオン星は、瞬き励ましていた筈です。目を見上げてもらえたでしょうか?
 
私は、吉野弘の詩の風景を思い浮かべました。
 「夕焼け」
 いつものことだが
 電車は満員だった。
 そして
 いつものことだが
 若者と娘が腰をおろし
 としよりが立っていた。
 うつむいていた娘が立って
 としよりに席をゆずった。
 そそくさととしよりが坐った。
 礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
 娘は坐った。
 別のとしよりが娘の前に
 横あいから押されてきた。
 娘はうつむいた。
 しかし
 又立って
 席を
 そのとしよりにゆずった。
 としよりは次の駅で礼を言って降りた。
 娘は坐った。
 二度あることは と言う通り
 別のとしよりが娘の前に
 押し出された。
 可哀想に
 娘はうつむいて
 そして今度は席を立たなかった。
 次の駅も
 次の駅も
 下唇をキュッと噛んで
 身体をこわばらせて――。
 僕は電車を降りた。
 固くなってうつむいて
 娘はどこまで行ったろう。
 やさしい心の持主は
 いつでもどこでも
 われにもあらず受難者となる。
 何故って
 やさしい心の持主は
 他人のつらさを自分のつらさのように
 感じるから。
 やさしい心に責められながら
 娘はどこまでゆけるだろう。
 下唇を噛んで
 つらい気持で
 美しい夕焼けも見ないで。
 
少女にも、まつりさんにも、空を見上げてほしかったと思いました。

※画像は、クリエイター・VATAさんの、タイトル「endless journey」をかたじけなくしました。自然の織り成す夕焼けの色がみごとです。お礼を申し上げます。