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No.556 教え子から教えられた「必要」の意味

音楽コースの卒業生で、ピアニストとして大成したいとドイツに留学した生徒がいます。今や、世界中のどこにいても、環境さえ整えばメールでやり取りできる有り難い時代です。彼女とは、何度か交信させていただきました。高校時代に、古典の授業をさせてもらっただけの縁でしたが…。
 
そのメールのやり取りの中で、特に忘れられない話があります。それは、彼女が向こうの大学の大学院への進学を期待しながら頑張って来たのに、その道が閉ざされてしまった時のことです。もう1年間、辛抱して頑張り続けるか、むしろ潔く辞めて日本に帰ってしまうか、すごく悩んだそうです。
 
そんな時に、同じ留学生でロシアから来た女生徒の話してくれた一言が、彼女の考えの大きな転機となり、支えとなるのです。その女性は、こんな話をしてくれたそうです。
 「ロシアには、『神様は、欲しいものを与えるのではなく、必要なものを与える』っていう言葉があるの。今のあなたは、欲しいものが手に入らないかもしれないけれど、あなたにとって、それは必要な時間だということじゃないかしら?」
 
その言葉に一念発起した彼女は、失意のまま帰国するのではなく、1年間、夢を諦めずに踏みとどまって頑張りました。彼女のその決断は、ピアノに賭ける情熱を物語るものだったでしょうが、ロシアの女性からのその一言が、強い後押しになったことは言うまでもありません。今の自分に必要なことは、夢を諦めずに、ここでやり遂げることなのだという気づきでした。その結果、翌年度の大学院進学をみごとに果たしたのでした。
 
映画『ローマの休日』でファンになった女優のオードリー・ヘプバーンが、
「Nothing is impossible, the word itself says, I’m possible.」
(不可能なんてないわ、だって、その言葉が『私は、出来る』って言っているじゃないの!)
といったのだそうです。「そうかぁ、そうきたかぁ!」と、その惚れ惚れするような発想に納得至極、感動至極です。教え子は、まさに、その言葉を証明した女性だったように思うのです。
 
大学院を卒業後もドイツに居て、ピアニストとして新たな夢を追い続けています。そして、ドイツにとどまったことで白馬の王子様と出逢い、10年前、母親にもなりました。

東日本大震災の年の5月には、ドイツの教会で歌い手の人々と津波チャリティーコンサートを行ったそうです。ほぼ満席となり、多くの寄付が寄せられたそうで、大変感謝していました。

人生において必要なものを与えてくれたロシアの言葉は、彼女の座右の銘となったのかもしれません。私にとっても、忘れられない「必要」の意味を教えてくれた敬愛すべき教え子のお話です。