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【第2話】出会いの先に見えてきた私がやりたいこと


こんばんは!
地域貢献系 起業プロデューサーの沖村舞子です。

私のこれまでの経験をお伝えするストーリーを連載させていただいております♡

本日は第2話!お楽しみに♪

▼第1話はこちらからご覧ください♪

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小学5年生のとき、
10年間住み慣れた栃木県を離れて、
北海道という新しい場所での生活がスタートしました


当時の私にとって
北海道はまったくの未知の世界

でも不思議と
不安や心配はなくて
新しい場所での生活
新しいスタートにワクワクしていたのを
今でも覚えています

「そこに何があるのかな?」
「どんな出会いがあるのかな?」

そんな風に環境の変化をとらえるような
好奇心旺盛で、プラス思考なところが
すでに10歳の私にしっかり根づいていました

自然豊かな北海道で過ごした
小学校~高校時代

高校生になった私が
進んだところは
髪型も服装も生徒の自主性に任せる
何事も自分で責任を持つ
そんな「自由な校風の進学校」でした

自由を楽しみながらも
「自分は将来、何をしたいのか。」
「どんな道を進んで行きたいのか。」
しっかりと考えている友人が多く

そんな中で、
「自分で考えて行動する力」

そして
「人生、未来の先を見て行動する力」
どんどん刺激されたんだと思います

昨年再会した恩師 工藤先生と息子と


部活のバレー部では
中学時代の選抜大会出場の経験のおかげで
仲間や後輩に
「教える」機会が多かった私

中学時代のキビシイ練習の中で

私が経験したこと
学んだこと
習得したこと

それを、まわりに伝えていく中で
だれかに何かを教えることが好きなんだ!
こんな形で私は誰かの役に立てるんだ!
と、自分の「好き」を再確認し、
喜びを感じることができました

そして、
「教える」ことが好きだと気付いた私は
教員を目指すことにしました

しかし、
文系のクラスで、
参考書とにらめっこをしながら
受験勉強に励んでいるとき

たまたま見かけたのが
「建築」がテーマのテレビ番組

その出会いが大きなターニングポイントでした

何か新しいものを作り出す工程のすばらしさ
何もないところからカタチにする喜び
画面から伝わるそれらが
私のなかにあっという間に広がって
「私、建築を勉強したい!」という想いに変わり
突然の理系への転向という
まわりを驚かせる進路変更をやってのけました

文系の教員志望だった私は
建築を学ぶ理系の専門学校に
入学することになったのです

専門の時の同期とした海の家をつくるお手伝い

専門学校での学びは
私にとっては
専門的な知識を深められる有意義な時間

でも、
入学当時から、
大学への編入を視野にいれていました

専門的な知識は必要だけど
もっと幅広く知りたいことがある!
もっと視野を広げたい!

「未来のために行動する力」
高校時代に習得していた私は
その想いを
夜間大学への入学という形で叶えました

専門学校卒業後は
昼は構造事務所で働き、夜は大学に通う日々
「すごいね。」
「大変だね。」
と言われることも多かったですが
自分が好きなこと、学びたいことを吸収していた
その時間は、私にとっては
「やりたいこと」が詰まった時間でもありました

そして、次なる出会いは突然に。

日本から約1300km離れたところにある協会


昼に働いていた構造事務所のつながりで
アフリカのコンゴ民主共和国の
小学校建設プロジェクトに参加させてもらったのです

現地では
その土地の建築材料をつかって
その土地に合った建築物を作るのが当たり前

なのに、
今、自分が暮らしている日本は
輸入木材に頼り、
風土に合った日本家屋はなくなりつつある・・・

これってなにかおかしいんじゃない・・・?

私の中にひとつの大きな疑問が出てきた体験でした

コンゴ民主共和国のアカデックス小学校
地元の大工さんたちと

そして、帰国後
机上の論理だけではなく、

自分の目で、
今の日本で起こっていることを知りたい!
そして、何かやりたい!

そんな想いがふつふつと沸き上がり
夜間大学をあっさりと中退

その後は、独学で
日本の伝統構法や技術を学び
地域の歴史や文化を守ること

これからどうしていこうか
私に何ができるのかを考えるようになりました

就職はせずに
フリーランスとして独立することを決めたのが
21歳のとき
これから
さらに新しい出会いが広がっていくことになります

静岡県浜松市にある古民家

▶︎第3話につづきます!

ここまで読んだよ〜!の合図に「♡」を押していただけると嬉しいです♡

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