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大学を休学したからこそ手に入れる事ができた僕のソウジイズムについて

こんにちわ。

僕の名前は洞綜一郎と言います。

現在は都内の大学へ通う4回生で、大学では「地方のまちづくり」について学んでいます。

僕は、2019年4月から1年間、海士町役場でインターンとして受け入れていただき、この3月までは海士町で過ごしていました。

一大決心のもと、いざ海士町へ

海士町へ初めて訪れたのは2018年の夏です。

僕は大学で地方のまちづくりについて学んでいると書きましたが、

僕の大学では、夏休みの2週間を使って、地方の現場を知るための大学のプログラムがあります。

そこで、僕は、大学の授業でもよく名前の挙がっていた「海士町」での実習プログラムを志望し、無事に選考を通る事ができ、2018年の夏に2週間海士町での実習を行いました。

2週間のプログラム終了後、僕は、今まで通り東京での大学生活を送っていました。

しかし、授業で「地方のまちづくり」について聞けば聞くほど、

実際に暮らしてみないとわからない!

という気持ちが強くなりました。

そんなこんなで気づけば、2019年の4月には1年間の海士町役場のインターン生として、海士町に上陸していました。

それが、初めて訪れた夏からおよそ半年間の出来事です。(今、考えるとよくその短い期間で決心できたなあと思います笑)

※2週間のプログラムや、その後海士町に来るまでの経緯や、1年間のインターンとして過ごした海士町滞在については、また別の記事で書かせていただきます。今回、読んでもらいたいのは、僕のソウジイズムですので。笑


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清掃業務との出会い

海士町役場でのインターン勤務が始まって、まず行った事が、海士町の玄関口「キンニャモニャセンター」の清掃業務でした。

僕が、海士町を訪れた時にちょうど人手不足になったということもありましたが、多いときは平日の5日間(3〜4時間程度)やっていました。

始まった当初は、

「綺麗にすることは確かに気持ちが良いし、使う人のために必要なことなんだ」

くらいの気持ちでした。

しかし、1日目、2日目と続けているうちに、

「自分じゃなくても掃除は務まるんじゃないか?」

そんな虚無感のようなものを感じるようになっていました。

そう感じるようになってからは、ずっと苦しかったような気がしています。

トイレ掃除をしても、終わった後すぐに誰かが使って、また汚れてしまいます。

洗面台を綺麗に拭き上げても、誰かが使えばまたすぐに水浸しになって、鏡だって磨いても磨いても、掃除後、見にいってみると、水滴が飛び散っています。

公共施設特有のことなのかもしれませんが、不特定多数の人が使うってこういうことなんだって気付いてから、なおのこと苦しい。

どうせすぐ汚れるから、ちょっとくらい手をぬいたって・・・

そこで思ったんです。

あれ?大学を休学してまで、自分の意志で海士町に来たけれど、

確かに何でもやるつもりで来たけれど、

そもそも何で掃除してるんだっけ?(笑)

そこで思い切って役場の方々に相談させていだだきました。

親身になって、話を聞いてくださって、返ってきた言葉は、

「いかに自分ごとに捉えるかだよ、洞くん。」

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結局、自分自身の弱さとの戦いだった

自分じゃなくてもいいんじゃないか?という虚無感。

いつまで掃除続けるんだろう?という不安。

結局、これって自分自身の弱さだったんです。

心のどこかで手を抜いてしまいたくなる気持ちも出てきます。

またどうせ汚れてしまうからと。

そんな風に考えてしまう自分自身の弱さに気づくことができました。

気づいてからは、

「たとえすぐに汚れてしまうとしても1日の汚れをリセットする」

そこに妥協しないような心構えを少しずつ大事にしようと決心しました。

もちろんすぐに変われるはずもなく、決心した次の日の掃除は、苦しかったですが。(笑)

自分のためにもなるって思えるようになるまでが、やはり苦しかったです。

掃除は自分磨きだと周りに言われても、自分で本当にそう思えないといくら言われてもしっくりこない。

掃除は目の前の汚れをただ綺麗にするものとしか考えてこなかった自分にとって、簡単には変わることができませんでした。

でもだからこそ、やり続けて掃除をすることに慣れた頃に、自分自身の心の弱さが出てきてしまったのだと思います。

逆に言えば、そういう弱さと出会えたのも、やり続けたからこそなのかなと思います。

手を抜いてしまいそうになる自分が嫌なので、見えないところ(便器の足元のところとか、便座と蓋の間とか)も掃除して、自分を挽回したい。

毎日できないような細かいところも曜日を決めてやるようにしました。

そうやって、少しずつ自分の弱さと戦えるようになってきて、

いつの間にかやりがいを感じるようになりました。

キンセン清掃に感じた可能性

僕は高校まで陸上をやっていました。

清掃業務って、陸上とちょっと似てるところがあるかなと思います。

陸上は、記録との勝負なので敵は自分自身です。

妥協しようと思えばいくらでも妥協できます。

リレー種目とかでなければ誰かに迷惑をかけるわけでもないです。(トイレ掃除は迷惑かけますけど)

だけどそこでどれだけ自分と向き合えるかで陸上競技は、とても楽しくなります。

そうなると、周りにもその人が競技に向き合う姿勢の雰囲気って伝わって、なんとなく場の雰囲気が良くなります。

キンセンの掃除も、ただの掃除ではなくて、人それぞれきっと何かと向き合えたりするチャンスになると思います。

そうやって掃除をただの掃除にしないようにできれば、もっと面白くなると思います!


来週からまたキンセンの清掃をやることになったとしても、自分磨きに没頭できる喜びを感じられる自信すらあります。

今だから言えますが、

僕にとってキンセン清掃は、自分の弱さとの闘いだったと思います。


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ここまでたくさん書いてしまいましたが、これが、僕の海士町インターンとしての1年間のうち、「清掃業務」についての記録です。

海士町での過ごした日々について、まだまだ整理して言葉にしていきたいですが、それについてはまた別の機会にします。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!!!








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