見出し画像

『ボサノヴァの調べに、企みを添えて』

トランスジェンダー女性俳優モノローグ(一人芝居台本)

『ボサノヴァの調べに、企みを添えて』本文

作:奥村ひろ

(妻、リビングのソファに座っている)
(夫、コーヒーを運び、女の隣に座る)

いつも、すみませんね。

(妻、コーヒーに口を付ける)
あぁ、あなたが淹れてくれる、このコーヒーが一番美味しいわ。
いつもの良い香り。
いつものボサノヴァ。
そして、いつもの私たちとこのソファ。
このふたつは、少しくたびれましたけどね。
でもちゃんと保湿クリームを塗ってるから、まだひび割れはしてないわ。
ソファも私たちも!

これを買ったのが、あなたと出会った時だから、かれこれもう30年よ。
長いような短いような、やっぱり長いわね。


じゃあ、さっき言った約束は守ってくださいね。


何から話しましょうか。
病院の検査結果は、後にしましょう。
主文は後回し…。


ここ最近寝込むことが多かったから、振り返ってたんですよ、私の人生、あなたの人生、ふたりの人生。

そうしたらもう、思い出しきれないくらい、思い出がいっぱい。
あれもこれも次々にやってきて、もう大変でした。

でも決まって、あなたはいつでも私を守ってくれて、
優しくしてくれて、
勇気づけてくれて、
笑いかけてくれて、
いつも私を笑わせてくれて…。

ほんとうに感謝してる。
私は幸せです。


あっ、あなた、約束ですよ。


でも、一度だけ。
あなた、私に怒ったことがありましたね。
覚えていますか。

私が女性として生きていくから、もうお別れしましょうって告げた時。

ふふ、忘れないわね。

私の容姿が女性になったら、あなたは世間から異性愛者として見られてしまう。
こんな悔しいことって、ありますか!
散々私たちはやれオカマだ、ホモだって(※)罵られてきたんです。
それなのに、私のせいでさらにあなたのプライドを傷つけてしまう。
それだけは耐えられない。
だからお別れしましょうって言ったの。

けどあなたは、君が女性として生きるなら、もう僕はゲイではないと言ってまで、私に寄り添ってくれました。
プライドなんかどうでもいいって、怒鳴りつけて…

驚いたけど、嬉しかったぁ。
あぁ、この人が怒ったぁって。

あの時は辛い思いをさせてしまいましたね。


ほらぁ、また。私の話を最後まで黙って聞く約束ですよ!


あなた…
(妻、夫に手を差し出す)
(夫、手を握る)

今までほんとうにありがとうございました。
私は幸せでした。

これからも…って言いたいですけど…。

(夫、泣き出す)

あなた、泣かないでください。

ほんの少し、先に行くだけです。
次の人生のことは、また一緒に決めましょう。
あなたが来るまで、私は待っていますから…

お顔見せてください。


あっ、そうそう。病院の検査結果!
数値、回復していました。
まだしばらくは生きられます。
旅行も遠出しなければ大丈夫ですって。


(夫、さらに泣き出す)


あらあら。
あなた、ごめんなさい。
だって…


私の前では、あなた笑ってばかりで泣かないから…。
誰もいないところで泣いてるんじゃないかと思うと、私寂しくて。


最後の最後に、あなたの涙が見られて良かった…。


(※)オカマ、ホモ・・・作中の過去の経験として使用しました。現在は使うべき言葉ではありません。

PDFファイル

ご使用許可について

・練習用台本、YouTube動画など、ご自由にお使いください。
・許可申請・使用料は不要です。
・ご使用の際は、作者のクレジット表記をお願いします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?