マガジンのカバー画像

FM91

30
五分程度で読める物語を9月から11月まで毎日更新したいと思います。 三ヶ月で91話。 Five Minutes 91=FM91 と言う名前でラジオを聴くような気軽さで読んでいた…
運営しているクリエイター

記事一覧

サンタからのアドバイス(FM91-30)

ほぼ初めて声をかけられた人から、自分のプライベートに触れられる。それも20年少しの期間だが、自分の人生の中でも大きなイベントについて触れられた時、人の表情は固まるということを俺は我が身を持って知った。

「なぜ、それを」

ついでに言葉もなかなか出なくなることを知った。
俺の横に立つ、ついさっきまで優しい花屋のお兄さんだと思っていた人物が急に恐ろしくなった。笑顔でこちらを見つめているが、その表情の

もっとみる

曲者サンタクロース(FM91-29)

秋という季節は、いつもあっという間に過ぎてしまう。
季節が四つに別れているように見えても、ほとんどは夏と冬が占めていて、その隙間に春がいて、残り少しを秋が分けてもらっているような塩梅だ。

今年も気付けば、昼が終わるとすぐに夜になってしまう時期になっていた。バイトに向かう時間にはもう夕方とは言い辛い暗さで、どことなく寂しげな気分になる。しかし、今年はいつもよりも寂しさを感じないのは、きっとあの子の

もっとみる

十月最後の静かな夜に(FM91-28)

夜の十時。
妻が職場から帰ってきた。
玄関の明かりを付け、おかえりと声をかけながらスリッパを整える。

昔から見慣れた小さな手には、白い紙袋が握られていた。差し出された紙袋を少し覗くと、かぼちゃの香りがふんわりと鼻の中に入ってきた。

「パン屋のお兄さんがくれたのよ。余ったスイートポテトをこの前あげたんだけど、そのお礼だって」

コートを脱ぎながら、妻は嬉しそうに僕に話した。白髪も増え、シワも多く

もっとみる

アンダー・ザ・レッドライト(FM91-27)

それからの一時間は、あっという間だった。

隣の彼から冷酒と塩辛を分けてもらったけど、相性はバッチリだった。それに後で届いたじゃがバターはアツアツで、口を冷ます意味でも冷酒で正解だったかもしれない。

ほんのちょっとずつしか飲んでいない気がするのに、徳利の重さはいつの間にかお猪口と変わらないくらいになっていた。

冷酒がなくなる頃にちょうどオバちゃんが熱燗を出してくれた。アツアツの徳利を気を付けな

もっとみる

ナイスセンス(FM91-26)

さっきから隣に座った女が妙に俺に視線を送ってくる。
俺の注文のセンスがあまりにも良いのか、じゃがバタだ、塩辛だと俺の前に並んだ器を見るたびに感嘆の声を上げていた。

俺のセンスを早々と見抜くとは、なかなかこの女、良い感性の持ち主かもしれない。
女の前に頼んでいた焼き鳥が置かれた。一本だけタレで頼まれたレバー。若いくせに玄人好みの注文だ。嫌いじゃない。
酒の肴になりそうな隣の注文を見ていたら、ちょう

もっとみる

北国からの衝撃(FM91-25)

久しぶりに来た焼き鳥屋さん。
時間が空いてしまったから、顔を出すのがちょっと恥ずかしくて、駅からお店に向かう間、私の胸の鼓動はいつもより早く高く弾んでいた。そのリズムが自分でも聞こえたくらいだったけど、聞こえたのは心臓と体の外の世界との距離が周りの女性と比べて近いせいもあるかもしれない。

お店に着いてすぐオバちゃんが気付いてくれたおかげで、すぐに席へと入ることができた。座り慣れたカウンター。テー

もっとみる

ガール・ミーツ・じゃがバター(FM91-24)

ったく、つれねえ。

先輩がせっかく飲みに誘ってやったのに、生意気な後輩は断ってきた。

ったく。

今日の仕事は散々だった。
上司の下らなくて長い話に付き合わされ、その流れでなぜか日頃の不満をぶちまけられ、挙句の果てに話は俺への説教へと変わっていった。その説教のおかげで取引先への連絡も遅れ、営業をかけようと思っていた会社にも連絡ができなかった。

このまま帰っても苛立ちがおさまるはずがない。

もっとみる

笑う少女とパンプキン(FM91-23)

「おいアオヤマ、飲み行くぞ」

同期の男がまだ火曜日にも関わらず後輩を飲みに誘おうとしている。きっと気に食わないことがあったんだろう。とはいえ、後輩をストレスのはけ口にするのはいかがなものか。

「すみません、今日ぼく予定あるんで」

あれ、意外。こういうの断れないタイプだと思ってたのに。
誘った方も同じ感想を持ったようで、驚いた顔をしている。その顔はすぐに不機嫌なものへと変わったが、舌打ちをする

もっとみる

いつか君とスワンレイクへ(FM91-22)

彼女との接点が増えれば増えるほど、うまく話せなくなっている気がする。本当はもっと彼女のその目を見てその声を聞きたいはずなのに、うまく目を見ることが出来ず、可愛らしい声は聞くというよりも耳に入ってくる状態だ。
台風の日に彼女と話してから、接点が増えていった。初めはとても楽しかった。彼女から連絡がくるたびに鼓動が早くなった。どう返事をしようか考えている間にその鼓動はどんどん早くなっていた。なかなか彼女

もっとみる

急行電車のきみと(FM91-21)

ユウキくんはいつも私に判断を任せる。行きたい場所とか、行きたいお店とか、食べるメニューでさえも。
今日もそうだ。前から行きたかったケーキ屋だけど、ユウキくんに聞いても目的地が特に出てこないから付き合ってもらうことになった。
彼のバイト先で初めてちゃんと話した時は、結構グイグイくるタイプかと思ったけど、時間が経つにつれてその勢いも無くなってきた気がする。
彼のことを少しずつだけど、良いなと思うように

もっとみる

各駅停車のきみへ(FM91-20)

木曜の大学は二限で終わる。いつもであれば適当に学食で知り合いを探して昼食を一緒に食べてから帰るかバイトに行くが、今日はすぐに駅へ向かった。電車に乗り、乗換えを確認する。この電車を使うのももう三年目になるのに、今まで降りたことのない駅での乗り換えだ。見慣れない風景と看板を何度も確認していたら乗る予定だった快速に乗り損ねた。本当は十五分前には到着する予定がギリギリになってしまった。
改札を出てスマホを

もっとみる

嵐を呼ぶ女(FM91-19)

「また台風来るみたいですね」
「商売あがったりだねー」

週末の十五時過ぎ。休憩から帰ってきたマオちゃんは、裏から持ってきた花を店の花瓶に補充しながら教えてくれた。ついこの間も台風が来たばかりだというのに。今年の天気はどうかしてる。

「急に寒くなったり、花も大変ですよ」
「生産者さん様様だな」
「それにしても、これ綺麗じゃないですか?私買って帰ろうかな」

レジにいた俺に彼女は一本の花を掲げる。

もっとみる

ふくらむ(FM91-18)

店を出て更衣室で着替えた後、休憩室で適当な席を見つけて座ったものの、何もしないまま、ただぼーっと流れているテレビを見ていた。耳からは夕方のワイドショーの音声が入ってきているはずが、内容は全く入ってこない。

机の上には、店長から預かったコピー用紙と一本のボールペン、金色の缶コーヒー。目の前の白い紙を早く埋めてしまいと言う気持ちがあるものの、僕の右手は机の下のズボンのポケットの中からなかなか出てこな

もっとみる

ねかせる(FM91-17)

今日も朝六時からの出勤。
店長は本社で会議をしてから、昼過ぎに店に来た。

ランチタイムは食事パンやサンドイッチ、デザートかわりのお菓子パンを買いに来るOLや主婦が多い。レジはもちろん、キッチンも品切れにならないよう、焼けたらすぐに補充をして行く。店長がいない代わりに、僕は補充やイートインの片付けなど各ポジションのフォローに回った。

店長は店には来てからも店頭には出ず、裏の小さな事務スペースでず

もっとみる