1-1 死に顔写真家



「ご臨終です」
白衣を着た男が、静かに、厳かに、しかし無機質にそう告げた。
そして、頭を垂れたまま、静かに黙祷を捧げる。
その頭の先には血塗れの女性――女性だったものが、ベッドの上に横たわっている。


「磯辺先生、今回で何人目ですか?」
「分からん。もう数えてない」
若い男がそう問いかけるが、もう一人の男性はぶっきらぼうにその問を返した。
打ちっぱなしで粗末なコンクリートの霊安室の中を、看護師たちが慌ただしく動いている。
女性の遺体を乗せたストレッチャーに、数人が群がると、それを外へと運び出していった。
その光景を、磯辺彰ともう一人の若い男性、土屋吾郎は茫然と、そして力なく眺めている。

「精神が持ちませんよ。こんなんじゃ。
僕たちがどれだけ頑張っても、昼夜問わず働こうと、誰一人として助けられない。みんな死んでいく」
土屋はそういうと、強く下唇を噛んだ。
「僕たちはここにいる意味はあるんですか?存在している意味は?誰も助けられないし、どうせ助からないのに」
「土屋、口を慎め。このド阿呆が」
磯辺から発せられたその語気は静かではあったが、強く、まるで地下から響いてくるような低い声だった。
「何度も言わせるな。この馬鹿が。
患者の命を助けるためにいる我々医師が、その命を真っ向から否定する言葉を患者の前で言ってどうするんだ」
「でも……」
「くどい」
磯辺が二の句も継がせぬ勢いで言い放った。
その言葉に土屋は何か言いたげにしながらも、しかしそれをいう言葉も出せず俯いてしまう。
「それでもやるしかないだろうが……」
磯辺はそういうと室内をまた呆然と眺めた。
その病室は側から見てもわかってしまうほどに、見るからに急拵えだった。
見るからに朽ち果てているコンクリート作りの壁。その壁はところどころ大きくひび割れていたり、部分部分で欠けているところがある。
先ほどまで、女性が横たわっていたベッドは、経年劣化で脚部は茶色に錆びており、骨組みも今にも崩れ落ちそうなほどだった。
一応のところ霊安室の名前を与えられたその部屋は、お世辞にも死者に対する尊厳や、安寧は感じることができなかった。

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