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UTOPIA #23 獣狩り


風船に運ばれ月を目指す旅の途中、天と地の狭間の森に少女は辿り着いた。そこには気性の穏やかな獣達が暮らしていた。

「ここで休憩していくといいよ」と雄兎は言った。

「この森には危険な子達は近づけないんだ」と烏が言った。

「月はもうすぐそこだよ、ゆっくりしていこうよ」と雌兎は言った。

「どうして泣いているの?」と小熊は言った。

彼女は自分の目元に手をやって、そこに水の流れを感じた。

「わからない。でも何かがとても痛むの」と彼女は言った。

「怪我?」と烏が言った。

怪我という言葉が聞こえると森の獣達は心配そうに騒ぎ出してしまった。どこを怪我したのか、薬は梟の巣に、蛇のいるベッドへ連れて行こう……。

「大丈夫。躰は何ともないの」と彼女は言った。

*

狭間の森での暮らしは少女にとって心地よいものだった。食糧となる果物が豊富にあり、地上にいる時は感じていた、どこであっても纏わりついてくる冷気がここにはなかった。獣達と身を寄せ合って眠り、起きれば食事をして、森を散歩した。そういう暮らしをしていると"地に足がついたような"気分になった。

烏は詩を書く事に長けていた。彼の名もなき詩は繊細で、少し言葉の調子を変えただけで全てが崩れてしまいそうな、危うげな響きが、彼女の心を掴んで離さなかった。

兎達は歌を得意としていた。彼らの声に含まれる豊かさは空気と共に彼女の細胞一つ一つを刺激して、良い活力を与えてくれた。

小熊は誰よりも鋭い観察眼を持っていて、彼女の心の欠落をずっと気にかけてくれた。森での暮らしは幸せだった。だがそんな幸福な時間を過ごしていると、彼女の中で焦燥感が膨れ上がっていった。同時に片目からの原因不明の落涙も酷くなっていった。何かを忘れている……。

ある日、少女は自分が月を目指してここに来た事を思い出した。森での暮らしにあまりに安らいでいたため、目的そのものを忘れてしまっていた。月到達という願望を思い出すと、彼女の躰はまた日に日に少しずつ軽くなっていった。

「そろそろお別れだと思う」と彼女は獣達に向けて言った。

もうじき躰が完全に浮き上がって、森にいられなくなる事を彼女はわかっていた。寂しがりな優しい獣達はさめざめと泣き始めたが、小熊だけは凛として、最期に皆で一緒に眠ろうと提案した。

少女は子熊に感謝して、いつものようにみなで集まって深い眠りに落ちていった。

彼女らが深く寝静まった頃、蝋燭女がやって来て、森に火を放った。


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