UTOPIA #19 冬凪の獣
隠された海辺の街には案の定、生きている者は誰もいなかった。長い時間の中で、みな死に絶えていた。冬凪の獣を除いて。
「私はこの死んだ海辺の街で産まれました」と冬凪の獣は言った。
「恐らく魔女が死んだからでしょう。この海辺の街も生命力を喪失して、ここに住んでいた人々や獣はみな疫病に罹りました。あらゆる生き物がいなくなった後で、気付けば私はここにいました」
そこで獣は言葉を区切った。サリーと羊は黙って続きを促した。
「私はこの停滞した街を一通り見て回り、波一つ立たなくなった海を眺め、"冬凪"という言葉を思いつきました。いえ、"冬"という言葉を思い出したと言うべきでしょう……これについては上手く説明できません。それ以来私は、冬凪の獣に成ったのです」
獣はここではない遥か彼方に思いを馳せるようにゆっくり目を閉じた。その姿は祈りのようであり、深い眠りに落ちていく幼子のようでもあった。
「あなた方は一体何のためにここへ来たのですか?」と獣は訊ねた。
「特にこれといった目的はないの。ただ旅をしていて、世界を観て回っている」とサリーは言った。
「よくご無事でしたね」
「羊がいるから大丈夫」
サリーはそう言って羊の頭を撫でた。
「悪くないよ」と羊は言った。
「どうして危険を冒して、世界を観て回るのですか?」と獣は訊ねた。
「皆の理想が知りたいの」とサリーは言った。
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