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離婚した両親へ、娘からのお願い

あなたたちには、感謝の気持ちでいっぱいです。
でも、幼い頃からずっと思っていて伝えられなかったことがあります。
それは今更伝えてもしょうがないことなのでここに書き留めておきます。

まず、お金持ちな家庭に生まれなかったことについては、全く気にしていません。
それよりもあなたたちにはいつも仲良く幸せに楽しく笑っていてほしかったのです。
いつも不安そうに未来を心配して、夜な夜な泣いていた貴女を、私はどうにかして明るく楽しく幸せな気持ちにさせてあげたくて必死でした。
貴方は家族が好きなのに、なかなか時間が取れず、苦手な仕事に手を焼きながら家族を養うために沢山の苦労をし、それを見た妻からの心配を受け止めきれずにいましたね。
貴方の両親や、妻の両親からのプレッシャーにいつも悩んでいましたね。
そんな貴方が熱心に教えてくれる勉強を、私が頑張って成果を出すたび周りの人々が褒めてくれました。
あなたたちは誇らしく嬉しそうにしていましたね。
だから、私は勉強を頑張りました。
あなたたちは、世間や周りの言う「安定した幸せな家庭」を目指して、その過大な理想とのギャップに悩み、相手も自分も傷つけていませんでしたか。
苦手なことに縛り付けられることなく、丁度いい暮らしを二人で探しながら、穏やかに過ごしてほしかったと思います。
結果論になってしまいますが、離婚をしてお金がなくなったとしても、私も妹もしっかり勉強をして、学をつけて、就職することができたのです。
もし貴女が安心できるほどの何千万円というお金があったとしても、家庭が暗く混乱していて悲しみに覆われていたなら、幸せを感じるのは難しいでしょう。
13歳くらいの頃に我が家の悲しみや寂しさを感じ始めた時から、いつしか私は守られるべき立場からあなたたちを守らねばならない立場にあるという歪んだ正義に囚われるようになっていました。

しかし、私は決して不幸ではありませんでした。
悲しいことはたくさんあったけれど、あなたたちを心から愛していたし、今でも愛しているし、幸せでした。
最後に、あなたたちとの記憶の中で、特に幸せだったこと、嬉しかったことを書いておきます。

1. 自然あふれる公園で、お弁当を食べたりお昼寝をしたり、キャッチボールをしたりしたこと
2. 毎年春に、おにぎりを持って緑地公園へ行き、花見をしてツクシをたくさん摘んだこと
3. 毎日部活から帰ってくると母が嬉しそうにご飯を作ってくれて、学校であったことを聞いてくれたこと(私の話に対して、すぐ批判やネガティブな考えを返していたことはまた別の話ですが)
4. 可愛い妹がいて、夕方は一緒にブロックで遊んだこと
5. 日曜になると父がイングリッシュブレックファーストを作り、丁寧に紅茶を淹れ、家族4人で素敵な朝食を過ごしたこと、その時カーペンターズの青春の輝きが流れていたこと


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