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不確定日記(残り香探し)

 西武が買収されて改装するのは知っていたし、屋上の飲食店や、地下に入っていたスーパーが徐々に閉店していたから、そろそろかな、と思っていたらやっぱり池袋西武の屋上の老舗うどん屋「かるかや」も閉店するらしい。惜しむ人たちで連日行列だと聞いていたので、見るだけでも、と上ってみると、昼食どきも過ぎた頃だったのでもはや品切れで誰も並んでいなかった。景色を描いておこうと、資料用に写真を撮りながら歩く。鶴仙園で多肉植物を眺め、小さいものを一つ買おうか、とも思うが、私は植物を野放図にしがちで、こんなに丹精してあるものを買って帰るのは申し訳ないのでやめた。6月だが天気が良く、夏らしさがある。白い日除のパラソルがいくつも立っていて、大きな、睡蓮を浮かべた水盤を囲むようなテーブルもある。わたしが子供の頃、この屋上には小さな汽車やコインで動く乗り物なんかが置いてあって、こんなに美しくはなかった。その頃にはもう「かるかや」はそこでうどんを売っていた。

 エスカレーターを使う。エレベーターを待つのがもどかしいのもあるが、用のない階を横目で見たい。いつも一瞬で通り過ぎる7階インテリア売り場には、今日はほとんどなにもなかった。売れ残りであろうキッチン雑貨がワゴンに並び、セールの値札が付いている。ひどくさみしくなり、以前間違って柚子皮の酸で表面を溶かして捨ててしまったブンブンチョッパーを買い直した。隣の呉服売り場ではハギレやリユースの帯などが驚くほど安く売られていて、店員さんと「びっくりですね」「びっくりでしょう」と言い合ったが思いとどまり、また来ます、とだけ言った。

 池袋西武が改装するのはこれがはじめてではなくて、地下に入っていた書店は別の店に入れ替わったり、セゾン美術館は小さく西武ギャラリーになった。向かい側に建っていたWAVE館はなくなった。中学生の頃、わたしはその辺りで概ねの文化を取り入れていた。確か、セゾン美術館のギャラリーショップの脇、今は無印良品のスリッパや寝具などが並んでいるあたりにセルフサービス型のカフェがあった頃があり、そこの足のつかないスツールに座ってポットの紅茶を飲みながら買った本を読むのが、大人みたいで好きだった。それぞれが飲み物や菓子を受け取って運ぶためのプラスチックの黒いトレイの縁が厚めで丸みを帯びていたのを覚えている。通りを見下ろす窓際のカウンターだった位置でスリッパや寝具を買いながら、いつも少しだけその景色を二重映しに見る。そこから建物の一階に降りる階段のあたりで、いつも、少し息を吸い込む。その臭いだけ、変わっていないのだ。それはカビかもしれないし、空調の排気かもしれない。もしくは建物自体の、少し苦いようなムッとするような。それを嗅ぐとまだ大人になっていなかった頃の緊張が体験できる。「その場所」の写真を撮ろうとしたが、ただの階段だった。変わるのは致し方ないけれど、この場所を惜しむくらいには愛着がある。

 湿った心持ちでJRの駅の出口の前を通ると、日差しは強く、空はまぶしく、勢いよく現れた制服姿のおそらく修学旅行生4人は「え、すごいんだけど!」と街に感激し、見回しながら進み、徐々に加速して横断歩道の雑踏を走り抜け、見えなくなった。

そんな奇特な