不確定日記(嘘 その2)

取引先である蓬莱社の日真さんは、電話をかけてくる前に必ず「今、お電話よろしいですか」というメールを送ってくる。二度手間だからやめてください、とたしなめられるほど親しくもないので、「どうぞ」とだけ返すと数分後に電話がかかってくる。
かといって天ちゃんみたいに、いきなりかけてきてこちらの都合も聞かずに本題に入るのも、受身が取りづらい。
今日も天ちゃんは私が一人暮らしの部屋で完璧な晩酌の支度を整えたちょうどその時に電話をかけてきた。
『ねえ、上野だったんだけど。もうびっくり。』
『え、なにが』
『上野だったの。木場だと思って東西線乗っちゃってから気づいてさ』
天ちゃんの話法は唐突な上に、私がすでにその話題をよく知っているという前提で進む。
『ああ、(東京)都現(代)美(術館)と(東京)都美(術)館、間違えたってこと?』
そして私のよくないところは、話の流れを汲んであげてしまうところだ。
『だからそう言ってるじゃん』
言ってない。
分かりきったことで話の腰を折るなと言いたげに天ちゃんは続ける。
多分私以外とその話し方したらもっと流れ止まるよ、なんて、ほのかに優越感を持ってしまうのもよくないやつ。電話に音が乗らないよう、クリームチーズと混ぜ合わせたわさび漬けを慎重に箸先に乗せて舐め、グラスに注いだ冷酒で追いかける。
『そもそも名前似過ぎじゃない?似過ぎの割に場所遠すぎじゃない?隣に建てろっての。』
『隣に建てたら意味ないんじゃないの』
『えー?そうなの?』
天ちゃんの求めている答えはこうじゃない。正解は、ほんとだよね、大変だったね、だが、そこまで汲んでやるもんか、と思う。
それにどうせ、本題はこれじゃない。

そんな奇特な