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『東京の生活史』感想 4人目
<4人目>2023.09.28読了
そういえば先日、電車の中で水色が背表紙の講談社文庫を読んでいる人がいて、「講談社文庫といえば、辻村深月だなぁ。特に、『凍りのくじら』。」と思ってふとその人の本の表紙を見たら、本当に『凍りのくじら』でびっくりした。
今週から、辻村深月の『かがみの孤城』を読み始めた。今更かよって感じだけど。辻村深月は元々好きで、『凍りのくじら』を最初に読んでから、『ツナグ』、『冷たい校舎の時は止まる』など、デビューした後すぐの作品は一通り読んだと思う。
だけど、一番衝撃だったのは『盲目的な恋と友情』。辻村深月って、女の友情(特にトラブル関係)の解像度がエグくて、容赦ない。温かいのも書くけど、仲間意識、疎外、排除、見栄だとか、表には出さないけど小さくは感じたことがあるような、隠しておきたいような気持ちを平気で暴く。それが徹底しているから、むしろ爽快感さえある。
「かがみの孤城」を読んでいると、中学生って苦しいな、と思う。
今は「あいつが悪い!私が気に病む必要なんかこれっぽっちもない!学校だけが世界じゃない!」と思えるのに、当時は周りの友達との関係や、学校の世界で自分をどう維持していくかで頭がいっぱいだった。中学時代を傷一つつかずに過ごしてる人なんていないんじゃないか。楽しい思い出だけ残っている人は幸運なのか、嫌な思い出はうまく忘れているのか、誰かを踏みつけた上で出来上がっているのか。知らんけど。
通勤電車で「かがみの孤城」を読みつつ、家に帰ってからは「なんかこう、あっはっはと笑えるインタビューはあったりするかしら」と、ドライヤーをかけながら『東京の生活史』を開く。タイトルでなんとなく、955ページを開いた。
小学校二年生のときに私、「ノリコ・non-no」って作って。『non-no』編集者になるのが夢だったな、いまだに夢は、叶ってないんですけど
語り手は、茨城県ひたちなか市出身。高校卒業後、明治大学に進学し、上京。テレビ局でアルバイトをする。大学卒業後出版社への就職を目指すも叶わず、1年ほどテレビ番組のADとして働く。その後出版社に就職するも、24歳で結婚を機に退職。25歳で出産、3年間専業主婦として過ごす。出版社に再就職し、その後離婚。現在は週刊誌の副編集長、46歳(インタビュー当時)。
小学生の頃から自作の『non-no』を作り、大学卒業後は紆余曲折ありながらも雑誌の編集者となり、結婚して子供もいる。仕事も子育ても充実している、すごい人だなーーーー
ちょうどその頃、旦那に女性の影があったので。いつか離婚するかもしれない……うちの旦那はバツイチなんですよ。理由は浮気だったんですよ。てか、私との浮気だったの。あはははは。
あはははは。あは?
急に雲行きが怪しくなる。面白い方向に。
読み進めていくと、バツイチの旦那は当時就活生の語り手に「桜は満開が好きですか?散り際が好きですか?」(p.959)などと聞いてなんやかんやとデートに誘い、不倫がバレて離婚し、語り手はそのまま結婚したという。すごい。(語り手の名誉のために補足すると、当時結婚しているとは知らされていなかったとのこと)
私が就活をした時、よく砲撃することで有名な週刊誌がある出版社の説明会で、人事が「我々は人間に興味がある。なぜ不倫するのか、なぜ熱愛するのか。それを追求するのが週刊誌の役目だ」などと言っていて、「なるほどー!」と衝撃を受けたことがある。つまり、他人の不倫話や泥沼離婚話は、面白いのです。はい。すみません。
私がこの語りで一番大笑いしたのは、語り手が旦那と浮気相手の愛の巣に突撃した時の話。
置き手紙1つ残して出て行った旦那。ある日、語り手の元に旦那の会社から「旦那を懲戒解雇した。息子の保険証を返してほしい」と電話があり(この時はまだ離婚していない)、語り手は今の旦那の住所へと向かう。
表札には、「(旦那の名前)、マサミ、サチコ」の文字。あいにく旦那は留守で、ミニスカの女「マサミ」が出たので、語り手は「妻ですけど?」と景気づけに怖がらせておく。そのまま家の中に通され待っていると、何も知らない旦那が玄関のチャイムを鳴らした。
で、私がですね、何をしたかっていいますと、正座をしてですね、「お帰りなさいませ」って言ったの。
うーん、最高だ。神対応。
しかも、面白い話はもう1つある。表札の「サチコ」のことだ。誰なのか。旦那と愛人の子供なのか。しかし、家に子供のいる形跡はない。愛人に聞いてみた。
「猫の名前です」って言われた。「マサアキさんが好きなタレントの名前をペットの名前にしたんです」って。あぁもうしょうがないなって。
うーん、100点。オチまで完璧だ。
この話の何が面白いかというと、語り手が、この経験を面白がって語っていることだ。夫が置き手紙を置いて出て行った人の話を読むのはこれで2回目だが、実際にあったら衝撃的だと思う。自分の稼ぎがない場合、明日からの生活に途方に暮れるだろう。
しかし語り手は違う。旦那との離婚を予期して、徹夜してでも、松本清張ばりの列車移動で茨城の両親に子供を預けてでも、好きな仕事をして働いた。旦那と愛人のメールを見ても、この2人くっついちゃえばいいのに、と思ってしまうような、どこか自分も面白がっている節がある。離婚しても、子供を授けてくれた旦那には感謝しかないという。
出版に関わる人は、人間の弱さや脆さ、意地悪さなど、汚いと呼ばれる部分を面白がり、そこに人間の本質や、美しさのようなものを見つけ、世の中に出してくれる。ような気がする。
今回の語り手の一連の話を読んでみて、「この人かっこいいな」と思った。嫌なことがあったら、その時は嫌な気持ちや惨めな気持ちに苛まれるかもしれないけれど、後から「あれは面白かったな」と笑い話にできたら、、、
人生はもっと面白くなるだろう。
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引用文献
岸政彦 編(2021).『東京の生活史』.筑摩書房.
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