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小川洋子『バタフライ和文タイプ事務所』

想像力に乏しいわたし、文章を読んだだけではなかなか映像が思い浮かばない。建物や景色の説明文が延々と続く小説は大の苦手。密室トリックは挿絵がないとお手上げで挫折することも少なくない。

ところがこの『バタフライ和文タイプ事務所』は独特の世界観にすぐ引き込まれ、ありありと具体的な光景が浮かんできた。

小川洋子氏は風景や建物の写真を見るのが好きで、そうした写真を見ているうちに物語が出てくるといったような話をしていたものをかつて読んだ記憶がある。その卓越した文章力は、わたしのような鈍い映像再現能力でさえ容易に刺激して活性化してしまうのだろうか。子どもの頃の絵本を読んでいたときのような感覚を思い出した。

『バタフライ和文タイプ事務所』はおもしろいところに位置する個性的な職場である。どういうわけか宮崎駿のアニメ『魔女の宅急便』とか『千と千尋の神隠し』を思い起こさせた。

バタフライ和文タイプ事務所は、大学の南門を出てすぐ、道が二手に分かれる、まさにその分かれめのところにありました。特殊な立地上、建物は三角形の三階建てで、一階は学帽を商う帽子屋さん、二階が事務所、三階は倉庫になっていました。

バタフライ和文タイプ事務所

これが冒頭部分。絵本みたい。
事務所内の描写がまたいい。

No.1からNo.5まで、五台の和文タイプライターが、三角形の二辺に沿って並び、あとは奥の底辺に沿って、所長の事務机とキャビネットがあるきりです。

バタフライ和文タイプ事務所

さらに

「見てご覧。レバーを握り、広い活字盤の中から一つの文字を探す手の動きが、花の蜜を求めて飛ぶ蝶のように見えないかね。」中略

机の上に設(しつら)えられた和文タイプの機械は、横幅が一メートルほどもあり、鉄製の盤にびっしり隙間(すきま)なく活字が納まっています。中心部ほど使用頻度の高い活字、例えば平仮名や数字や医学用語に頻出する漢字などが並んでいて、先輩たちの頭にはどの字がどのあたりにあるかしっかりと刻まれているようでしたが、それでもやはり、重いレバーを操り、数ミリ四方の小さな活字を拾い上げる時には、手元がぶれます。そのぶれる様子が、蝶々の動きに似ているのでした。

バタフライ和文タイプ事務所

何だかアニメを見ているような気になってくる。

ところがだんだん、知らず知らずのうちに、何だかあやしくなまめかしい色っぽい想像をかきたてられるようになっていく。

漢字やことばが持つイメージを巧みに使った非常におもしろい作品。



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