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哀しい匂いがする世界を、ちゃんと覚えておこう

世界がひっくり返って、まだ仰向けの状態でバタバタしている。
本来なら非日常の旅に飛び立つGW、こってりと日常の煮凝りみたいなところに閉じ込められて、家とスーパーと、せいぜい半径200mくらいの場所で暮らしている。

家族はあいかわらず賑やかだ。5歳の息子がマリオについて早口でしゃべり続けているし、娘は髪も縛らず狂ったように踊っている。スラムダンクのアニメにハマった夫が携帯で大黒摩季やZARDを流し、私はそれを避けるようにして2階でゴシップガールを見る。

瞬間だけ切り取れば、これはふつうの休日。ただ、「どこにも行けない」という事実だけが空気を悪くしている。

子ども達を夫に託し、私は車に乗って、近所のスーパーに行く。
ほんの数分で着くのだから、歩いていったほうが健康にも環境にも良いのだけど、赤い車にエンジンをかけるときだけ、「出かける」という感じがするから好きだ。

いつもの棚に非日常を求めて、よくわからない調味料や輸入菓子に手を延ばす。カゴがいっぱいになると、「こんなには要らないな」と我に返るけど、食べ残したりしないからこれが適量なのだろう。まるまると太った家族を想い浮かべながら、まあいいかとレジに並んでしまう。

いつからか、レジには薄いビニールシートが当たり前のように設置されていて、マスクをした店員さんを守っている。まるで、客がベルトコンベアに乗っているウイルスみたいだ。この人にも家族がいるだろうに、GWもきっと忙しいのだろう。ごめんね、と思う。

帰り道。飲食店の前を通れば、「テイクアウト」の張り紙が必ず貼られている。おしゃれな外観に似合わないマジックの太字や、あるいは丸ゴシックの印刷がぺらぺらの紙の上で私たちを笑う。信号が青に変わり、誰もいない横断歩道をゆっくりと右折して住宅街に入る。近所の子が、庭先でひとり縄跳びをしている。

誰もいない、静かな町だ。
車の通りもまばらで、道を歩く人も「さんぽ」という雰囲気でふわふわしている。私たちは、どこにも行けない。

車を停めると、玄関ドアの隙間から息子が顔を出す。「なーにをかったの?おかしは?」あーあーあー、靴下の裏がまた真っ黒になっちゃうな。
夫が玄関へ出てきて無言でカゴをひょいと持ち、冷蔵庫まで運んでくれる。どうせなら冷蔵庫の中へ仕舞ってくれたらいいのにな、という気持ちをぐっと飲み込む。

私たちは、これからもこの家に一緒に居る。それをただ、覚えておこうと思う。

#雑記 #日記 #コロナ  


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