聖母の微笑み
いつも静かに微笑みを絶やさず、
賢く、聡明で、囁くような声が優しく響く、
そんな彼女はまさに聖母だった。
遠巻きにしか彼女を見ることはできない。
儚すぎて消えそうで、近づくことができない。
いつものように彼女は前の方に座り、授業を受けていた。さすがは成績優秀、周りの子たちにいつもの聖母の笑みを浮かべていた。
そんな様子を視界に入れながら、教授の話をぼんやり聞く。今日は神様の話か?
小テストだ!?不意打ちは勘弁してくれよ…。
記述問題だったので、うんうん唸りながら適当に済まして、なんとなく視線を彼女に送った。
背中が固まっている。明らかにいつもと違うその様子。どうしたのだろう?楽勝だろうに。
回収されゆく用紙。
いつの間にか終わった授業。
雑踏の中、盗み見た彼女から、聖母の笑みは消え失せていた。
横を通り過ぎるとき、
どうしても書けなかったと彼女は絞るような声を出していた。
周りは、あの先生は神様を大事にしてるから、そういう方面で書けば大丈夫、と言っていたが、
「神様なんていない。」
一瞬、珍しく声を荒げた彼女が泣きそうに見えたのは何故だろう。
周りも押し黙り、空気を察知した彼女はまた、聖母に戻り、「私、無神論者なの。ちょっと今回のは難しかったなー。」と微笑んで見せた。
泣いてるような怒ってるような微笑みだった。
嘘でも神様について書くことができなかった彼女は、あの聖母の微笑みの下に壮絶なものをおし閉じてきたのではないか、キリストのような裏切りを受けたのではないか、なんて要らぬことを考えてしまった。
聖母が無神論者だなんて。
マリアが無神論者だったら、と、考えたところでやめた。
話をややこしくしてしまうのは、自分の悪い癖だ。
神は死んだ、と最期にニーチェは言った。
神はいない、と聖母は声を荒げた。
これからの聖母に幸あれと、願うしかできなかった。