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芸術鑑賞 ティツィアーノ《ウルヴィーノのヴィーナス》

(約1500文字・購読時間1分50秒)

題・《ウルヴィーノのヴィーナス》(1538)
作・ティツィアーノ・ヴェチェリオ(1488-1576)

 ルネサンス様式の豪華な宮殿を背に、向かって頭を左、足を右にして、裸の女性が寝台に静かに横たわっている。右肘をまくらのようなものに付き、上半身をやや持ち上げている。下半身は両脚を伸ばして閉じており、右膝をやや曲げ、左足の下に潜り込ませている。右手に薔薇の花束を持ち、左手は画面中央に陰部を隠すように置かれている。頭部は首を曲げ、顔を正面に向け、柔らかな薄い笑みを浮かべ、見る者の方を真っ直ぐ見ている。

 髪は金髪でウェーブし、つやつやと輝き細く、ふわりと肩にかかっている。肌は白く、若い女性らしく滑らかで張りと弾力があり、美しい面立ちとしなやかな肢体に反して、下腹部には膨らみがある。全裸でアクセサリーのみを身につけており、右手首に宝石を散りばめた太いゴールドの腕輪をはめ、陰部を覆う左手の小指には指輪をはめている。左耳には大粒のパールのピアスをしている。

 敷かれたシーツは乱れてしわが寄り、ヴィーナスの胸の下あたりでめくれ上がり、その下からバラ模様の赤いマットレスが覗いている。その下の赤いバラ模様のマットには赤いバラの花が一輪落ちている。女性の足元、向かって右奥に白と茶色の毛をした子犬が丸まって寝ている。

 後景は構図が左右に分割されており、左側は衝立に緑のカーテン、右側はルネサンス様式の宮殿で裕福な貴族の家の洗練された室内が描かれている。右側の部屋には侍女が二人おり、一人は白いドレスを着てカッソーネといわれる婚礼道具の長持ちの蓋を開けて中を覗き込んでいる。もう一人は白と赤のドレスで腕まくりをして立っており、青色と金色の縞柄の豪華なドレスを肩に担いでいる。さらに奥の窓に銀梅花の鉢植えが一つあり、外には樹木と空が見える。

 左の二の腕、右足の膝から下、右肘の置かれている枕の側面、シーツの陰、奥の部屋にいる立っている侍女の影の様子から左上後方に光源があると思われる。特にヴィーナスに視線がいくように光が当てられている。

 制作された当時、ヴィーナスは愛と美の女神とされ、艶めかしく美しい裸体を絵画化したものが《ウルヴィーノのヴィーナス》である。右手に持つバラはヴィーナスのアトリビュートで愛を表し、ヴィーナスの足元で丸くなってうずくまる子犬は、夫への貞節を示す。また、窓辺の銀梅花は常緑であることから、永遠の愛、特に夫婦間の忠節の象徴であるとされた。後景の腕まくりをして立っている侍女は、青色と金色の縞柄のドレスを肩に担ぎ、前景にいる全裸のヴィーナスに着せようとしているように思われる。この青と金は、ウルビーノ公国のデッラ・ローヴェレ家の紋章の色である。カメリーノ公国のジュリア・ヴァラーノがデッラ・ローヴェレ家に嫁いだことを示唆しているともとれる。

 兄弟子ジョルジョーネによる《眠れるヴィーナス》と、同様の構図で制作した作品であるが、ティツィアーノのヴィーナスは寝具の上で悩ましくその体をくねらせていた温もりが伝わってくる。寝台にかけられているシーツや枕には乱雑で、艶めかしいしわが寄っており、ベッドメイクされたものではないと見える。官能的に描かれた絵を見た、新婦は夫婦生活について感化、教育され、婚姻と花嫁の果たすべき夫婦間の役割を教られるだろう。つまり、結婚した当時11歳と若い花嫁ジュリア・ヴァラーノへの性教育の意味も込めた結婚の贈り物と考えられる。《ウルビーノのヴィーナス》は、グイドバルドとジュリアが真の夫婦になったことを祝う祝婚画であるとともに、豊穣・多産の女神ヴィーナスにあやかって、子宝に恵まれるようにという、子孫繁栄を祈念した絵であるといえる。

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