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戯曲『ウォルト・ディズニーの夢』



登場人物

ウォルト・ディズニー
ロイ・ディズニー
ハル・ホーン


   0

舞台はディズニー・スタジオの社長室。
ロイ・ディズニー、自分の書類のページをめくり、何やら苦し気な表情を浮かべて 
いる。

ロイ「……はあ~」

 そこに、ウォルト・ディズニーが登場。
 ウォルト、何やらいらいらとした表情で、興奮気味の様子。

ウォルト「ごめん、ロイ兄さん。ずいぶん待たせちゃったね」
ロイ「いや、いいよ。……それより、どうかしたのか?」
ウォルト「いやぁ、大したことないよ。ただ、ちょっと腹立たしいことがあっただけさ」
ロイ「腹立たしいこと?」
ウォルト「そう。あれは、汽車の中での出来事だった。僕がここに来るまでに汽車で通勤してたところに、男が一人やってきたんだ。それで、その男と世間話をしていたんだよ」
ロイ「うん。それで?」
ウォルト「そういう話をしていっているうちに、あいつ僕の職業について尋ねだしたんだ。尋ねられたものは受け答えするのが礼儀でしょう? だから僕は、自分の職業を素直に話したんだ。『僕はアニメーション映画の仕事をしてるんだ』ってね。奴はどんな反応したと思う?」
ロイ「さあ、想像つかないな。どんな反応だった?」
ウォルト「『ふう~ん』の一言だけ。映画の仕事をやってる人間に向かって『ふう~ん』だよ?」
ロイ「ああ・・・・・・」
ウォルト「それってひどくない?」
ロイ「ああ~。まあ、それは不運なできごとだったな」
ウォルト「まったくだよ! ああ~、ムカつく~」
ロイ「まあ、お前の気持ちも分からないでもないけど、仕方ないだろ。俺たちはハリウッド映画のスターじゃない。あくまで短編のアニメーションなんだからな」
ウォルト「でも・・・・・・」
ロイ「それより、そろそろ本題に入らないか、ウォルト」
ウォルト「ごめん、兄さん。じゃあ、そうしよう」
ロイ「ああ。見ろよ。これが去年の興行収入だ」
ウォルト「うわぁ・・・・・・」
ロイ「ガタ落ちだ」
ウォルト「そうか・・・・・・あのミッキーシリーズでも、この成績なのか」
ロイ「ああ」
ウォルト「おかしいなぁ。最近じゃ、新キャラのドナルド・ダックも出てきたばかりなのに・・・・・・」
ロイ「今はこのご時世だ。クオリティーなんて関係ないんだよ」
ウォルト「そういうものなのかな」
ロイ「そういうものさ。なにしろ、相手は世界恐慌だぞ」
ウォルト「そうかぁ~・・・・・・でもなぁ、何で同じ映画でも、こんなに差があるんだろうね」
ロイ「差って、何が」
ウォルト「実写とアニメーションのことだよ」
ロイ「ああ」
ウォルト「世界恐慌があっても、みんなこぞって実写映画を観に行くじゃないか。なのに、なんでアニメーションは、こんなにも客足が重いんだ」
ロイ「そりゃ、実写のほうが長く観られるからだろ。あっちはチケットの値段の割に、長編の実写映画を、2本セットで見ることができるんだぞ? そりゃ、短編作品が主流のアニメーションじゃ太刀打ちできないさ」
ウォルト「それは、たしかにそうだけど・・・・・・」
ロイ「それより、コレを見ろよ。見てのとおり、ウチの収支は大赤字だ」
ウォルト「そんな・・・・・・」
ロイ「ウォルト、お前が映画業界に残した功績は大きい。当時は映像と生演奏の組み合わせでしかなかった無声映画に、世界で初めて声を入れたのはお前だ。モノクロ映画が常識だった時代に、はじめて色が加わった映画を手がけたのもお前だ。こうして、大衆は聞き心地がよく、彩り豊かな映画を楽しむ礎が築きあがった。そういう名高い功績は、わが弟ながら純粋にすごいなとは思う。これまで大衆に、希望の光を当ててきたと言ってもいいだろう。だがな、そのおかげでいま俺たちはどうなってる。バカ高い音響機材や画材の経費のおかげで、俺たちは借金を抱えているんだぞ」
ウォルト「それは申し訳なく思ってるよ」
ロイ「謝ってほしいワケじゃないんだ。ただ俺は、お前に現実を直視してほしかっただけ。わかるだろ?」
ウォルト「・・・・・・」
ロイ「ウォルト、これまで俺たちの会社は、昨今の好景気と一緒にどんどん大きくなってきた。おかげでこんなにも立派なオフィスやスタジオができたし、多くの若い才能も発掘してきた。だが、もう潮時だ。市場の規模から考えて、はっきりと言わせてもらおう。もう、アニメーション映画に未来はない。もっと端的に言おう、ウォルト。リストラだ。事業の黒字化のために、余分なクリエイターの首を切るんだ」
ウォルト「兄さん」
ロイ「いまの俺たちでは、もう限界なんだ。社員の解雇をしろ。人件費を削減して、黒字化を目指すんだ」
ウォルト「いや、それはできないね」
ロイ「どうして」
ウォルト「僕には夢があるからさ」
ロイ「夢だって?」
ウォルト「そう。あのアニメーターたちと一緒に、世界随一の名作をつくり上げるんだ」
ロイ「ウォルト・・・・・・」
ウォルト「彼らとともに、この世にまだ存在しない長編アニメーションを手がける。そしてその名作を、専門家や大衆にも見てもらうんだ。いや、それだけじゃない。あのハリウッド映画の名優・喜劇王チャップリンにも見てもらうんだ。それこそが、僕の夢だ!」
 
 暗転。
 オープニングの音楽。

   1

 舞台は前場に同じ。
 舞台上にはロイとウォルトがいる。

ロイ「バカか、お前は」
ウォルト「なんだって?」
ロイ「お前、ついに頭がおかしくなったか」
ウォルト「ひどいよ!」
ロイ「だって」
ウォルト「ボクは本気だよ、ロイ兄さん」
ロイ「だとしたら、お前の考えは幼稚すぎる。甘いよ。甘すぎるよ」
ウォルト「やってみなくちゃわからないじゃないか」
ロイ「いいや、その先はもう目に見えてる。ゼッタイ失敗する」
ウォルト「兄さん」
ロイ「長編のアニメーションなんて需要がないんだよ。ただでさえ短編アニメーションは少しずつ客足が遠のきだしているのに、そのアニメーション映画の尺を伸ばしてどうするんだ。バカじゃないか、お前は」
ウォルト「あははははは」
ロイ「何がおかしいんだ、ウォルト。ひとが真剣に話している時に」
ウォルト「兄さんはなにもわかっちゃいないね」
ロイ「なに?」
ウォルト「兄さんは、やっぱりいい意味でも悪い意味でも、ただの計算高い銀行マンでしかない。兄さんには、僕の見えている世界が見えてないんだ」
ロイ「なんだと! ウォルト、今まで誰のおかげで、ここまで来れたと思ってるんだ」
ウォルト「いや、そんなことは言うまでもないよ。ロイ兄さんのおかげで金銭的にはすごく支えられてきた。それには感謝してる。けど兄さん、あなたは僕と決定的に違うところがある」
ロイ「決定的に違う? 何が」
ウォルト「それは、観察力だ」
ロイ「観察力?」
ウォルト「そう。僕は長年、誰よりもアニメーション映画をたくさん観てきて、誰よりも一観客として作品と客席を観察してきた。だからこそわかるんだ。これからのアニメーションは、長編の時代になるってね」
ロイ「おいおい、ずいぶん話がそれちゃったものだな。俺たちはいま金の話をしてるんだよ。未来のアニメーションの話をしてるんじゃないぞ」
ウォルト「ならロイ兄さん。あなたにもわかりやすく、端的に話してあげるよ」
ロイ「何を偉そうに」
ウォルト「ロイ兄さん。これからは、長編アニメーションが儲かる時代になる。それは間違いのない事実だ」
ロイ「ほ~。そんなに儲かるのか、長編アニメーションが」
ウォルト「ああ、間違いないよ」
ロイ「なら、ぜひその根拠を知りたいな。観客がそう1~2時間もギャグマンガの映画で笑い転げ続けるとは思えないが?」
ウォルト「誰がコメディー映画をつくるって言った?」
ロイ「・・・・・・どういうことだ」
ウォルト「実はね、兄さん。僕の中では、もう企画が固まってるんだ。そして、その企画を書類にまとめてみたんだ。こんなふうにね」

 ウォルト、机の引き出しから企画書を取り出す。

ウォルト「僕がこれからつくる映画は、世界中の大衆が涙なしでは見られない、感動の超大作だ。いや、正確には僕じゃない、『僕ら』だ。今までのアニメーションは、人間の誇張を描いたコミカルな演出だったけど、この作品は違う。レオナルド・ダ・ヴィンチのような、徹底したリアリズムを追求する。そして肝心の脚本は、世界でもとても名高い、とてつもなく秀逸な文学作品を原作にするんだ」
ロイ「ホウ、なるほど。で、その原作とは何だ? シェイクスピアか? もしかしてチェーホフか?」
ウォルト「いいや、違うね」
ロイ「じゃあ何」
ウォルト「童話『白雪姫と7人の小人』さ!」
ロイ「・・・・・・はあ?」
ウォルト「兄さん、知らないの? 『白雪姫と7人の小人』」
ロイ「いやいや、知ってるけど。で、その童話がどうしたって?」
ウォルト「だから、『白雪姫と7人の小人』で、全米を感動させるんだよ」
ロイ「・・・・・・(大声で笑いだす)」
ウォルト「なんで笑うんだよ、兄さん!」
ロイ「すまん、ウォルト。もう、涙が止まらなくて」
ウォルト「バカにしてる?」
ロイ「いや、バカにはしてないさ」
ウォルト「なるほど、要するに兄さんは、涙が出るほど笑えちゃったわけだ・・・・・・」
ロイ「そう落ち込まなくてもいいだろ、ウォルト」
ウォルト「だって」
ロイ「そりゃお前、世界で名高い、とてつもなく秀逸な文学作品と言われて、まさか童話が出てくるとは思わないだろう」
ウォルト「だって」
ロイ「もちろん、俺はお前をバカにしてるわけじゃない。だがなウォルト、兄として忠告させてくれ。そんな脚本では、大衆はおろか、チャップリンにも見向きされないぞ」
ウォルト「なんで?」
ロイ「白雪姫と7人の小人なんて、みんなが知ってるおとぎ話じゃないか。本がなくても、みんな暗記できちゃってるだろ」
ウォルト「兄さん」
ロイ「なんだよ。俺が何か、間違ったことを言ったか?」
ウォルト「・・・・・・いや、間違ってはないよ。たしかに、白雪姫と7人の小人はベタな童話だよ。でもだからといって、その童話が稚拙であるわけではないでしょう?」
ロイ「あのな、ウォルト。俺が言いたいのは、要するに、誰でも知ってるおとぎ話ごときではヒットしないってことだよ」
ウォルト「そうかい?」
ロイ「ああ」
ウォルト「なんでそう言い切れるのさ」
ロイ「いや、それは、先が読めちゃうから」
ウォルト「先が読めちゃうのが、そんなにいけないの?」
ロイ「何が言いたいんだ」
ウォルト「あのね、ロイ兄さん。この企画は、なにも一朝一夕で生まれた思い付きなんかじゃないんだ。僕がずっと前から温め続けていた、世紀の大傑作の企画なんだ」

 ウォルト、ロイに企画書を手渡す。

ウォルト「読んでほしい、ロイ兄さん。きっと感動するはずだ」
ロイ「ほんとか?」
ウォルト「ああ。一度だけでいいんだ。この企画書を読んでちっとも感動しなかったら、僕は、『白雪姫と7人の小人』を諦めてもいい。それだけ自信があるんだ。読んでくれ、ロイ兄さん」
ロイ「・・・・・・(企画を読み上げる)本企画は、この世に未だ存在しない映画ジャンル・長編アニメーション映画における、最初にして最高の名作をつくり上げる企画である。脚本の原作は、グリム童話の『白雪姫と7人の小人』。本作を、ヒロイン・白雪姫のために、7人の小人たちが悪の女王と戦うという、現代的な視点で描いて脚色を施す。作風はリアリズムを徹底し、隅から隅まで文句のつけようのないリアリティーを追求していく。あらすじは、以下のとおり。・・・・・・・・・・・・」
ウォルト「ロイ兄さん?」
ロイ「いや、すまん。つい・・・・・・」
ウォルト「ロイ兄さんの意見が聞きたい。どうだった?」

しばしの沈黙。

ロイ「・・・・・・ウォルト、最高だよ。最高じゃないか! こんな映画がつくれるのなら、俺も観客として観てみたいよ」
ウォルト「ありがとう、ロイ兄さん」
ロイ「こんな企画が生み出せるなんて。ウォルト、お前は本当に、天才だ」
ウォルト「いや、僕は天才なんかじゃないよ。僕はただ、アニメーションの世界にとりつかれた、絵もまともにうまく描けない、いち漫画作家さ。それに、この企画はまだ完成なんかじゃない。何百ものアニメーターたちが力を結集させて、初めて成り立つんだ」
ロイ「ウォルト・・・・・・」
ウォルト「ロイ兄さん。彼らアニメーターを動かすには、莫大な資金が必要なんだ。頼むよ! またしばらく、資金繰りには苦労かけるとは思う。けど、必ず取り戻せるときはやってくるから。お願いだ、兄さん。力を貸してほしい」
ロイ「・・・・・・わかった。またいろいろと伝手をたどって、ウチに融資をしてくれる銀行や会社を探してくるよ」
ウォルト「ありがとう、ロイ兄さん!」
ロイ「いやいや。まだ喜ぶところじゃない。ウォルト。俺たちの手がけるアニメーションで、あのチャールズ・チャップリンを泣かせてやろうぜ」
ウォルト「ああ! そのつもりさ!」

 暗転。
 音楽。

   幕間

舞台はスタジオの制作室。
ウォルトはアニメーターたちに声をかける。

ウォルト「みんな、仕事の途中すまない。ちょっと集まってくれ。今度つくる映画の企画が固まったんだ。タイトルは、『白雪姫と7人の小人』。原作はみんな知って野通りの、あの童話だ。待ってくれ、最後まで話を聞いてほしい。キミたちが怒るのももっともだ。童話なんかで大衆の心を動かせるはずがないってことぐらい、こっちだって百も承知さ。でも、僕は確信しているんだ。どんな人間にも、子供だった頃は必ずあるってね。・・・・・・彼らにまた、あの小さい頃に抱いていた明るい未来を思い出させたいんだ。この世界恐慌にも負けない、夢と希望にあふれた長編アニメーションを、僕は手がけたい。そのためには、みんなの力が必要なんだ。お願いだ。僕に力を貸してほしい。お願いだ! ・・・・・・えっ、どんな話なのかって? ありがとう! よくぞ聞いてくれた! それじゃあ、僕の構想している『白雪姫と7人の小人』を、今ここで見せてあげるよ! 説明するのに時間がかかるのは勘弁してくれよ。大丈夫、必ず感動するから! 昔々あるところに、『白雪姫』というとても可愛い娘がいたのさ。その白雪姫は・・・・・・」

 ウォルト、演技を交えて白雪姫のあらすじを語り出す。
 暗転。

   2

 舞台は前場に同じ。
 ロイ、ウォルト登場。

ウォルト「さーって、今日も仕事するぞ~」
ロイ「そうだな。調子の方はどうだ?」
ウォルト「僕の気分のこと? それとも作品のこと?」
ロイ「両方だよ、ウォルト」
ウォルト「作品の方は全然。ダメダメだよ。シーンは見てのとおり、何度も描き直させてるよ」
ロイ「そうか・・・・・・体調のほうは」
ウォルト「そっちの方もあんまり。なんかイライラするんだよね」
ロイ「まぁ、作品の出来が悪けりゃ、そうなるか」
ウォルト「はぁ~。みんな、あんなに僕の企画を熱心に聴いてたのに。耳クソでもたまってたのかなぁ」
ロイ「ウォルト、口が悪いぞ」
ウォルト「だって」
ロイ「まあ落ち着けよ。お前の焦る気持ちはよくわかる。でも、最初はそういうものさ。どんな天才でも、いきなり理想の作品ができるわけがない」
ウォルト「そういうものかな」
ロイ「ああ、そうさ。今までもそうやって描き直させて、どんどんクオリティーを上げてきただろ。今はその時期なんだよ」
ウォルト「でも、この調子じゃいつに映画が完成するんだか」
ロイ「大丈夫、まだ金はたんまりある。50万ドルもあるんだぞ? 時間をかけて、いいものをつくろうや、ウォルト」
ウォルト「・・・・・・うん、そうだね。それにしても、よくこんなにたくさんのお金を調達できたね」
ロイ「だてに銀行マンをやってないんだよ。あちこち歩き回って、さまざまな銀行や会社に融資してもらえるように、こっちだってそれなりの配慮をしているんだよ。たとえばな、まずは豪華な食事を用意するんだよ。それで気分を良くさせておいて、世間話から入っていく。いいか、ウォルト。金ってのは信用なんだ。信用の高い人間になって、初めて大金を手にする権利が与えられるんだ。逆に言えば、会った当初から挨拶もまともにできない奴には、金は一生回って来ないものなんだよ。ビジネスの世界は残酷だ。よく覚えておいてくれよ。この50万ドルを調達するのに、どれだけ苦労したか」
ウォルト「ヒュウ~」
ロイ「ウォルト・・・・・・お前相変わらず、金には無頓着な男だな。人が資金調達の極意を教えてやっているのに、何て態度をとってるんだ」
ウォルト「だって、それは僕の仕事じゃないでしょ」
ロイ「お前の仕事じゃない!? 馬鹿を言え。社長であるお前が、金のことに無関心でいてどうするんだ。しっかりしろよ、ウォルト。俺たちの命がかかってるんだぞ」
ウォルト「ごめーんネ」
ロイ「おい」
ウォルト「ごめんごめん、つい口が勝手に」
ロイ「・・・・・・まあ、仕事に戻るとするか。ここはビジネススクールじゃない、現場なんだからな。いつまでも金に無関心な社長に金銭論を語っても無駄だ。お前の場合は、論より実践だ」
ウォルト「悪いね」
ロイ「いいよ。さ、仕事をやるぞ」
ウォルト「うん」

 間。
ウォルト、ひどく咳払いする。

ロイ「大丈夫か、ウォルト」
ウォルト「ああ、これは心配ないさ。いつものことだよ」
ロイ「そう、ならいいんだけど」

 ウォルト、机に向かい、自分の作業を行う。
 間。
 ウォルト、再び咳払いをする。

ロイ「本当に大丈夫か、ウォルト」
ウォルト「なに、気にすることはないよ」
ロイ「本当か?」
ウォルト「ああ、大丈夫だって」

 間。
 ウォルト、ひどくせき込む。

ロイ「大丈夫じゃなさそうだな」
ウォルト「いちいち気にしなくていいよ、ロイ兄さん」
ロイ「だって」
ウォルト「僕の咳払いは、もはやスタジオではおなじみの光景になってるんだ。それでね、ロイ兄さん。僕の咳を聴くと、怠けてたアニメーターたちは急いで席に戻って、付け焼刃に制作をしているんだよ。僕はつい怒っちゃったよ。『あのな、キミたち。人間疲れはつきものだ。休みたい時は休みなさい。僕が来たからって、皆して急に机に向かうな』ってね」
ロイ「なるほど」
ウォルト「もう、笑えちゃうでしょう?」
ロイ「そうだな。みんなの焦る顔が、フッと浮かんでくるよ」
ウォルト「そうでしょう? あははは」

 間。
 ウォルト、どうも落ち着かない様子。

ロイ「ウォルト、しつこいようだがもう一遍言わせてくれ」
ウォルト「なんだい、ロイ兄さん」
ロイ「大丈夫か?」
ウォルト「いや・・・・・・ホントは『大丈夫』と言いたいところなんだけど。これ以上隠しても無駄みたいだね」
ロイ「どうかしたのか」
ウォルト「実は、最近集中力がガタ落ちしちゃってさ」
ロイ「まあ、そうだろうな。それはハタから見ててもわかる」
ウォルト「そうなの?」
ロイ「ああ。お前のよくやる行動パターンはおもに2つあるもんな。何だかわかるか?」
ウォルト「いや、全くわからない。というか、想像もできない」
ロイ「一つは、作品を見入るようにして静かに鑑賞しているパターン。もう一つは、指をカタカタ鳴らすパターン」
ウォルト「あー」
ロイ「お前は、いい作品を見る時と悪い作品を見る時とで、ホント極端に違うもんな」
ウォルト「いやぁ、それほどでも」
ロイ「ほめてない」
ウォルト「知ってるよ。最後まで話を聞いてくれ」
ロイ「続きがあるのか。どうした」
ウォルト「いやぁ。あのさ兄さん。最近、ものすごい不安なんだ」
ロイ「何が?」
ウォルト「自分の身体がだよ。最近僕、医者に注射を打ってもらったのは知ってるでしょ?」
ロイ「ああ、例の精神安定剤のことだろ?」
ウォルト「そう。でも、その注射を撃っても一向に良くならないんだ。むしろ逆効果なんだよ」
ロイ「そんなことないだろ」
ウォルト「本当さ」
ロイ「でも、専門医の指示で注射を打ってもらってるんだろ?」
ウォルト「まあ、そうだけど」
ロイ「だったらいいじゃないか。良くなってるんだよ。お前自身が『逆効果だ』と思い込んでいるだけ。人間、疲れる時なんていくらでもあるさ。大切なのは、お前自身の向き合い方だ。本当に疲れているんだったら、すぐその場で休憩すればいい。それで難しいなら、人に頼ればいい。それでも無理なら、薬に頼ればいい。今のお前の段階は、薬に頼るべき段階だ。こういう時は、現代医療の力を借りてればいいんだよ。な?」
ウォルト「僕だって、できるものならそうしたいさ・・・・・・でも!」
ロイ「悪い、ウォルト。そろそろ仕事に戻らせてほしい。俺もそう暇じゃないんだ。ちょっと、会計事務をやらせてほしい。詳しいことは、あとで話を聞かせてくれ。いいか?」
ウォルト「うん・・・・・・ごめん、ロイ兄さん」

 間。
 ロイ、自分の作業に戻る。

ウォルト「あの、兄さん。話しかけてもいい?」
ロイ「話しかける分にはいいぞ。なんだ?」
ウォルト「つかぬことを伺うけど。いまウチの会社って、どうなってる?」
ロイ「見てのとおり、赤字の中の大赤字だよ。マッカッカ」
ウォルト「マジか・・・・・・」
ロイ「当たり前だろ。ただ短編映画の制作を淡々とこなしていればよかったのに、一つ一つのクオリティーをどんどん要求するわ、社内の美術学校も拡大するわ。そして極めつけは、例の長編アニメーション映画の製作費だ。おかげでウチの家計は、もうとっくに火の車だよ」
ウォルト「申し訳ない、ロイ兄さん。申し訳なさ過ぎて、言葉も出ないよ。もう、何とお詫びすればいいのか・・・・・・」
ロイ「今さら何言ってるんだよ」
ウォルト「だって、本当に申し訳ないから」
ロイ「それは聞いた」
ウォルト「ロイ兄さんには、いつも感謝してるよ。このディズニースタジオが何とか経営できているのは、みんな兄さんのおかげだ」
ロイ「今頃気づいたか」
ウォルト「えっ?」
ロイ「いや、ちょっと言ってみただけ。ジョークだよ、ジョーク」
ウォルト「あははは、これはとんだブラックジョークだ」
ロイ・ウォルト「あはははははは」
ロイ「・・・・・・そろそろ、仕事に戻ろうか」
ウォルト「ごめん」

 間。

ウォルト「はぁ~、もうダメだ」
ロイ「なに言ってるんだよ。もう疲れたのか?」
ウォルト「いや、疲れてない」
ロイ「本当か?」
ウォルト「ああ、疲れてない」
ロイ「でも、さっきは『集中力が切れて困る』って」
ウォルト「そういう意味じゃなくて」
ロイ「じゃあ、どういう意味なんだよ」
ウォルト「長編アニメーションの出来のことだよ」
ロイ「ああ」
ウォルト「みんな、頑張ってるのはよく分かるんだ。けど、まだまだ全体のレベルが低い。作品のクオリティーが良くないんだ」
ロイ「ウォルト。それは、お前の理想が高すぎるだけなんじゃないか?」
ウォルト「そんなことないよ」
ロイ「さて、それはどうかな」
ウォルト「なんだって?」
ロイ「たかが漫画映画ごときにこだわりすぎなんだよ」
ウォルト「何言ってるんだよ、ロイ兄さん。ウチは、その漫画映画のプロダクションでしょう?」
ロイ「いくらプロでも、妥協はしてもいいだろって言ってるんだよ」
ウォルト「いいや、できないね。神は細部にこそ宿るんだ。ほんの少しでも手を抜いてしまったら、それこそ僕たちの、今までの努力が台無しになってしまう。僕たちが目指すべきなのは、徹底的なリアルの追求だ。そこらの手抜き映画とは違うんだ」
ロイ「気持ちはわかる。だがな、ウォルト。誰もお前の身体を壊してまで、作品をつくってほしいとは思ってないはずだ」
ウォルト「それはそうだよ。そうなんだけど・・・・・・」
ロイ「心配するな。俺たちにはまだ、時間と金がある。ゆっくりとやろうじゃないか、ウォルト」
ウォルト「でもロイ兄さん、ウチの家計はマッカッカなんでしょう?」
ロイ「相変わらずファイナンシャル・リテラシーの低い発言をするな。いいか? 資金があるのと事業が赤字なのは別問題だ。つまりはキャッシュフローの問題であって、ストックの問題じゃないんだ」
ウォルト「ごめん、兄さん。なに言ってるのかわからない」
ロイ「だから、つまりはキャッシュフロー、『金の流れ』をつくれさえすればこっちのものだっていう話だよ。」
ウォルト「ますますわからなくなってきた・・・・・・」
ロイ「つまり、俺たちは大きな借金をして、その借金で金をもらう商品を作ってるんだよ。その借金こそが今回の50万ドルで、ここから作るキャッシュフロー、つまり『金の流れ』ってのは、これから完成させる映画の版権や入場料、そして著作権料のことさ。それぐらいは理解できるだろ? つまり、俺たちが目指すべきなのは、新作のアニメーションで生まれる『売れる仕組みづくり』なんだよ」
ウォルト「・・・・・・」
ロイ「おい、ウォルト。聞いてるのか?」
ウォルト「いや・・・・・・ごめん」
ロイ「ったく。何だよ。しっかりしろよ、社長。このままじゃ本当に倒産しちまうぞ」
ウォルト「わかってるよ」
ロイ「いいや、わかってない」
ウォルト「わかってるよ!」
ロイ「・・・・・・」
ウォルト「ごめん、兄さん。やっぱり、今はそういう、お金の話はやめよう」
ロイ「ウォルト」
ウォルト「夢を見させてほしい」
ロイ「は?」
ウォルト「しばらく、夢を見させてほしい。お金はすべて、兄さんに任せるから」
ロイ「ウォルト・・・・・・」

 間。
 ウォルト、自分の仕事に戻る。

ウォルト「ダメだ。全っ然ダメだ!」
ロイ「ウォルト」
ウォルト「こんなんじゃ、いつまで経っても低俗なカルチャーとして蔑まされるだけだ。もっとこだわり抜かなくちゃ。感動させなくちゃ!」
ロイ「・・・・・・」

 間。

ロイ「そうだ、ウォルト。一つ、提案がある」
ウォルト「なんだい、兄さん」
ロイ「たまには大きな休暇でもとって、家族みんなでヨーロッパにでも行かないか?」
ウォルト「え?」
ロイ「ほら。俺たちは二人とも、妻と結婚してから10年も経つじゃないか。そのお祝いだよ」
ウォルト「お祝い? こんな時にかい?」
ロイ「ああ。疲れが出たときには、思い切った気分転換も重要だ。どうだ、ウォルト。海外へ取材もかねて、旅行へ出かけてみないか?」
ウォルト「・・・・・・」
ロイ「どうした、ウォルト」
ウォルト「いや。ただ僕は、ここに残ってる社員たちに、申し訳なく思って」
ロイ「社員たちに?」
ウォルト「うん。だってみんな、あんなに一生懸命がんばってくれているんだ。それなのに、社長の僕が海外へぜいたくをしに行ったら、みんな不満がたまっちゃうと思うんだ。なにより、みんなに申し訳ないよ」
ロイ「なに、それは大丈夫だ、ウォルト。話せば、みんなわかってくれるさ」
ウォルト「ほんとに?」
ロイ「ああ。目の前の仕事や金のことに執着してカッカされるより、むしろ休暇で気分を和らげてもらった方が、彼らにとってもハッピーになると思うんだよ」
ウォルト「ハッピーに?」
ロイ「そう。どうだ、ウォルト。海外旅行、本気で考えてみないか?」
ウォルト「・・・・・・そうだね。思えば、僕の妻もよくやってくれてるもんね。彼女にはいつも負担ばかりかけてる。たまには、ご褒美をしてやらないとね。行こう、ロイ兄さん。どうせ行くなら、思いっきり旅行しちゃおう!」
ロイ「ああ、そうしよう!」
ウォルト「あははっ! ヨーロッパかぁ~、楽しみだなぁ」
ロイ「(傍白)やっぱり、ウォルトはこうでなくっちゃな」
ウォルト「え? 何か言った、兄さん」
ロイ「いいや、なにも。ちょっと、トイレに行ってくる」
ウォルト「あ、ああ・・・・・・」

 ロイ、退場。
 しばらくして、深くため息をつくウォルト。

ウォルト「僕も行こうっと!」

 ウォルト、退場。
 暗転。

   3

 舞台は前場に同じ。
 誰もいない社長室の中に、ウォルトが登場。
電話の音。
ウォルト、電話に出る。

ウォルト「ああ、もしもし。僕だよ、ウォルト。どうした。え? かかりつけの医者から、僕の甲状腺の注射を忘れないように、だって? あははは。それについては心配ないよ。もう治ったと言っといてくれ。それと、先生にはこうも伝えておいてほしい。例の注射は、これからは先生が打てばいいってね」

 受話器を置くウォルト。
 ロイ、登場。

ロイ「ずいぶんご機嫌じゃないか、ウォルト」
ウォルト「ああ、ロイ兄さん」
ロイ「海外旅行で浮かれちまったか?」
ウォルト「まさか。これから名作を手がけるところなんだよ? 浮かれてる場合じゃないでしょ?」
ロイ「そう言うと思った」

笑い声をあげるウォルト。

ウォルト「はぁ~っ。それにしても、緊張するなぁ」
ロイ「そうだよな。まさかあのヨーロッパでも、ディズニースタジオの次回作を心待ちにしてくれてるなんてな」
ウォルト「そうだよ、それなんだよ」
ロイ「ずいぶん出世したものだな。ウォルト社長」
ウォルト「いやいや。ここまで来れたのは、みんなロイ兄さんのおかげだ」
ロイ「何を言ってるんだ」
ウォルト「いや、ホントさ。今まで質のいい作品をつくり続けられたのは、本当に兄さんのおかげだ。ロイ兄さんが汗水流して集めた、あの莫大な資金のおかげなんだ。時として詐欺師と出くわしたこともあった。けど、それも乗り越えて、僕が国内外の人気者になれた。それというのも、兄さんがいてこそだ。ロイ兄さん、本当にありがとう!」
ロイ「おいおい、よしてくれよ」
ウォルト「いいや。今日は思う存分言わせてほしい。気分がいいんだ」
ロイ「あはは。やっぱお前は、浮かれてるよ」

 ウォルト、ロイを抱擁する。

ロイ「これから名作を手がけるんだろ?」
ウォルト「ごめん」
ロイ「いや、いいんだ。人間誰でも、喜びたい時はあるさ。そういう時は素直に喜べばいい。喜びのない人生なんてない。もしあるのなら、それは拷問に等しい。そうだろ?」
ウォルト「ああ、それもそうだね。そのことについては、身に染みて思うよ」
ロイ「ついてはウォルト、次はどんな名作を手がけるんだ?」
ウォルト「前にも言ったでしょ? 『白雪姫と7人の小人』だよ」
ロイ「いや、それはわかってる」
ウォルト「どういうこと?」
ロイ「俺が言ってるのは、次はどんな売れる短編アニメーションを手がけるんだってこと」
ウォルト「ああ、短編のこと?」
ロイ「当たり前だろ。今はまだ存在してないからな、『長編アニメーション』という映画ジャンルは」
ウォルト「それもそうか」
ロイ「長編アニメーションはあくまで奥の手だ。それまでの間は海外向けの短編で食いつなぐんだ」
ウォルト「なるほど」
ロイ「で、次回作の構想は」
ウォルト「ちょっと待っててよ」

 ウォルト、カバンの中からノートを取り出し、ページをめくり出す。

ウォルト「外国市場でもっと成功させるには、セリフのない映画をもっと作ったほうがいいように思うんだよね。海外では無声映画がまだ主流みたいだから」
ロイ「そうだな。向こうはまだそんな様子だったもんな。まあ、やっぱしばらくは、海外に依存する形になるワケだな」
ウォルト「まあ、そういうことになるね」
ロイ「なるほど」
ウォルト「かといって、筋書きやアイデアがいいのに、会話が入ってるからダメだ、というようなことはしたくないなぁ・・・・・・」
ロイ「おいおい、そういうのは文芸部のテッドに言ってくれ。俺の領分ではないだろ」
ウォルト「ごめん、兄さん」
ロイ「いいよ。お前はアニメーションとなるとホントアツくなるんだから」
ウォルト「ごめん」
ロイ「バカ、ほめてんだよ」
ウォルト「え?」
ロイ「ほめてるんだよ。ほめ言葉」
ウォルト「はい?」
ロイ「この野郎」
ウォルト「ごめん」
ロイ「まあ、別にいいけど」
ウォルト「だって兄さん。こんなに暗いトーンで急に褒められても、反応に困っちゃうよ」
ロイ「まあ、それもそうか」

間。

ウォルト「・・・・・・何か、あったの?」
ロイ「は?」
ウォルト「本当は、何かあったんじゃないの?」
ロイ「どうして」
ウォルト「いや、なんとなくだけど」
ロイ「いや・・・・・・お前が心配することじゃないさ」
ウォルト「何かあったんだね?」
ロイ「違う」
ウォルト「何かあったんでしょ? 教えてよ」
ロイ「ダメだ」
ウォルト「兄さん」
ロイ「いまは教えられない」
ウォルト「なぜ」
ロイ「またお前の創作に支障をきたすからさ。まあ、余計なことは心配するな。俺が何とかするから」
ウォルト「兄さん」
ロイ「ちょっと、気分転換に散歩に行ってくるよ」

 ロイ、手提げカバンを持って退場。
 間。

ウォルト「(傍白)へたっぴ。こんな忙しい時に、カバンを抱えながら散歩だって? 一体、どんな散歩だよ」

 ウォルト、深くため息をついた後、電話をかける。

ウォルト「もしもし、テッドかい? 今度の作品の構想で話し合いたいことがあるんだけど。いいかい? ・・・・・・わかった。じゃあ今から、そっちへ向かうよ。楽しみにしててくれよ。今回の短編企画も面白いのを用意してるから。じゃあ」

 受話器を置くウォルト。

ウォルト「僕は僕で、やるべきことをやらなくちゃな。うん。がんばろう!」

 ウォルト、荷物をまとめ始める。
 すると、ロイの机から雑誌が見つかる。

ウォルト「ん? ロイ兄さん、雑誌を買ってたのか。ふうん・・・・・・見ていいのかな? まぁ、いいよね? いや、ダメか。・・・・・・見ちゃえぃ!」

 ウォルト、雑誌に手を伸ばしページをめくる。
 そこで笑ったりフムフムうなずいたりするウォルト。
 しかし、ウォルトはあるページを見て、表情を一変する。

ウォルト「・・・・・・何これ。『ウォルト・ディズニースタジオ、150万ドルの大借金』・・・・・・『借金王・ディズニーの道楽』。『資金繰りめちゃくちゃな経営者 ウォルト・ディズニー、ついに破綻か』!? ・・・・・・なんだこれは!」

 暗転。

   4

 舞台は応接室。
 ウォルト、ハル・ホーン登場。

ウォルト「いやぁ、お忙しい中すみません、ハル・ホーン」
ホーン「いやいや、大丈夫ですよウォルト。あなたからお願いされたら、断ろうにも断り切れない」
ウォルト「そんな」
ホーン「いやぁ、いやいやいや。何しろ私は宣伝部長ですからね。ユナイテッド・アーティスツ社の」
ウォルト「恐縮です」
ホーン「いやいや。恐縮なんてしないでくださいよ。何年付き合ってきたと思ってるんですか」
ウォルト「それもそうですね」
ホーン「ところでウォルト。例の契約の件は、考え直されましたか」
ウォルト「ああ、ウチの長編映画の、テレビ放映についてですか」
ホーン「ええ」
ウォルト「今回はその話ではないんです」
ホーン「ああ、そうなんですか」
ウォルト「はい。どうぞ、おかけになってください」
ホーン「ええ。失礼します」

ホーン、ソファーに座る。

ホーン「あなた、最近痩せましたか?」
ウォルト「え?」
ホーン「ダイエットでもしたのですか?」
ウォルト「(笑いながら)まさか。僕が、そんなことをする余裕があると?」
ホーン「違うんですか?」
ウォルト「違いますよ。ダイエットなんてしてる余裕はありません。それをしてたら、長編アニメーションの監修をしてますよ」
ホーン「例の『白雪姫』企画ですか」
ウォルト「ええ、まあ」
ホーン「もしかして、今日私をここに呼んだのは、その案件のことですか?」
ウォルト「ご名答です。ただ正確には、案件というよりは『相談』です」
ホーン「相談?」
ウォルト「はい。ハル・ホーン。わが社が新しい試みをしているのは、あなたもご存知ですよね」
ホーン「ええ、知ってますとも。あなたの製作過程は新聞沙汰にも雑誌の記事にもなってますからね」
ウォルト「筒抜けですか」
ホーン「ウチも社会に娯楽を提供してる人間です。新聞や雑誌に目を通すのは当然のことですよ」
ウォルト「ですよね・・・・・・」
ホーン「で、ウォルトじきじきの相談とは、何なのですか」
ウォルト「いえ、その・・・・・・よその雑誌が、ウチの会社の誹謗中傷を書いていたんです」
ホーン「誹謗中傷?」
ウォルト「はい。これを見てください」

 ウォルト、カバンから雑誌を取り出してホーンに渡す。
 雑誌のページをめくり出すホーン。

ホーン「う~む。なるほどねぇ」
ウォルト「誹謗中傷はこれだけじゃありません。あれ以来毎週、ウチの会社の悪口ばかり書かれてあるんですよ。しかも、この雑誌のレーベルだけじゃない。そこかしこのマスメディア中に!」
ホーン「ほう」
ウォルト「当初見積もっていた50万ドルの予算が底をついて、わが社の借金は日に日に増えていくばかり。それは事実です。一部の記者に、その事実が漏れちゃったんですよ。そこからさらに、そのゴシップネタに尾ひれ端ひれがついて。ひどいんですよ。おかげでウチの前評判はガタ落ちです」
ホーン「なるほど」
ウォルト「ハル・ホーン、どうすればよいでしょうか」
ホーン「どうする、と言いますと?」
ウォルト「これからのウチの方針についてですよ」
ホーン「話が見えて来ませんな」
ウォルト「マスメディアの誹謗中傷のおかげで、多くの専門家や評論家が、ウチの悪口を展開しているんですよ。作品をまだ見てもないのに、あたかもわかった気になって。中にはアニメーターたちの悪口まで書いてる人までいるんですよ。ここまでひどいことを書かれたら、客足が遠のくのは必然です」
ホーン「なぜですか」
ウォルト「え?」
ホーン「なぜそんなに心配になるのですか」
ウォルト「いや、だって今は、借金してるんですよ、ウチは」
ホーン「そんなの、作品を大ヒットさせればいいだけのことでしょう」
ウォルト「それができたら話が早いんですよ」
ホーン「できますよ」
ウォルト「え?」
ホーン「『白雪姫』はヒットします。私は、そう思いますね」
ウォルト「なぜそう言い切れるのですか」
ホーン「それはあなただからですよ、ウォルト。あなたは、ミッキー・マウスを生み出し、全米にミッキーブームを巻き起こした。それだけじゃない。あなたはアニメーション映画にセリフを吹き込んで、色をつけて、あのアカデミー賞にも輝いている。そんなに実績と信用がおかれているウォルト・ディズニーが、次は何を手がけてくれるのか。世間の人々が無関心でいられるわけないじゃないですか」
ウォルト「さあ、それはどうでしょうか」
ホーン「ウォルト」
ウォルト「僕のわがままのせいで、社員を路頭に迷わせてしまうかもしれないんですよ、たかが童話アニメーションのために。果たして本当に、お金を払って観に来てくれるかどうか」
ホーン「それは企画段階から心配してたことでしょう」
ウォルト「それはそうですが・・・・・・」
ホーン「でも、あなた自身がいけると判断したから今があるのでしょう?」
ウォルト「わかってるんです!」
ホーン「ウォルト・・・・・・」
ウォルト「もう、あんまりだ! 世間ってのはホンットに冷たい。ちょっと前までは期待の星として持ち上げてたくせに、少し時が経てばすぐに叩く。一体、どんな神経をしてるんだ。傷ついている人間の身にもなってくれよ!」
ホーン「そうですよね・・・・・・」
ウォルト「ハル・ホーン、教えてほしい。あなたはいつも、ウチの作品を心から認めてくれて、今まで応援や支援をしてきてくれた。あなたがいなかったら、このディズニースタジオは成り立たなかった。ですがハル・ホーン、僕たちは今、危機的状況なんです。下手したら僕の道楽のせいで、本当にみんなを不幸にしてしまうかもしれない。僕が抱いた夢のせいで、みんなをもっと苦しい目に遭わせちゃうかもしれないんです。ハル・ホーン、どうか教えてほしい。僕は一体どうすればいい。みんなを救い出すには、一体何をすればいいんですか」
ホーン「何もすることはありませんよ、ウォルト」
ウォルト「えっ?」
ホーン「心配することはありません。世間の評判なんて、ただのキャンプファイヤーと一緒です。今こそ燃え続けていますが、すぐにほとぼりが冷めます。大切なのは、あなた自身なのですよ、ウォルト。あなたは、アニメーションで世界を救いたかったんじゃないんですか? この世界恐慌で苦しんでいる大衆に、彩り豊かなディズニー映画の力で、夢と希望を与えたかったのではないんですか?」
ウォルト「それは・・・・・・」
ホーン「違いますか?」
ウォルト「・・・・・・与えたいよ! 僕は全米、イヤ、世界中のみんなに感動を与えたい。そして、僕は・・・・・・世界の希望の光となりたい!」
ホーン「だったらウォルト、その強い想いを決して忘れてはいけません。あなたの夢は、大衆の希望なのです。あなたは決して、一人ではない。見て下さいよ、ウォルト。こんなにも恵まれた才能にあふれてるスタジオが、一体どこにあるというのです。ここしかないでしょう? ミッキーマウスの誕生から、やっとここまでたどり着いたのに、誹謗中傷? そんなのに負けてどうするんですか。ウォルト、つらいのはわかります。この先どうなるのかが不安でたまらないのは、痛いほどわかります。ですがウォルト、希望を持ち続けるのです。どうかあなたの夢を、決して、捨てないでください!」

 間。
 ウォルト、ホーンを強く抱きしめる。

ウォルト「ありがとう、ハル・ホーン。あなたのおっしゃる通りだ。アニメーション映画の第一線を進んでいる人間が、弱音を吐いていてはいけませんよね。ダメだダメだ。ウォルト、しっかりするんだ! 僕にはディズニースタジオを引っ張る義務があるんだ。そして、大衆に夢を与える使命があるんだ! 捨てちゃいけない。夢を捨てちゃいけないんだぁ!」
ホーン「そうです、その意気ですよウォルト! たとえ150万ドル、いや300万ドルの借金を抱えたとしても、これから先の未来に少しずつ返していけばいい! 夢を見失わないで、共に前へ進みましょう。日の出のない夜なんて、この世には存在しないのです!」

 暗転。

   5

 舞台は前場に同じ。
 社長室の中で、ロイが頭を抱えてうなっている。
 ウォルト、登場。

ウォルト「ロイ兄さん、大丈夫?」
ロイ「ああ、ウォルトか」
ウォルト「どうかしたの?」
ロイ「いや、なんでもない」
ウォルト「どうも、そういうふうには見えないけど」
ロイ「お前は作品のことに集中すればいい」
ウォルト「ダメだよ」
ロイ「ウォルト」
ウォルト「作品はもう、完成間近なんだよ。もう製作でやるべきことはほぼ終わってるんだ」
ロイ「それはそうだけど・・・・・・」
ウォルト「兄さん、『白雪姫』はあと少しで封切りなんだよ? どうしたの。何か悩んでるんだったら、社長の僕に話してみてよ」
ロイ「へッ。こんな時に社長面か?」
ウォルト「いいじゃないか。悪い?」
ロイ「いいや」
ウォルト「何かあったの?」
ロイ「・・・・・・いいか。落ち着いて、話を聞いてくれよ」
ウォルト「うん。どうしたの」
ロイ「今日、映画配給会社から、契約解除を要求された」
ウォルト「えっ!?」
ロイ「配給会社ユナイテッド・アーティスツ社と交わしてた契約が、破棄されたんだ」
ウォルト「そんな! どうして」
ロイ「実を言うと、原因はお前にあるんだよ、ウォルト」
ウォルト「え?」
ロイ「お前が『白雪姫』のテレビ放映を許可しなかったから、ユナイテッド・アーティスツ社から契約解除を要求してきたんだよ」
ウォルト「そんな理由で?」
ロイ「ああ。おかげで今までの努力が水の泡だ」
ウォルト「そんな」
ロイ「これからどうする、ウォルト」
ウォルト「・・・・・・ウソでしょ? ついこの前まで、配給会社の宣伝マネージャーと、ハル・ホーンと話をしてたばかりじゃないか。ハル・ホーンはたしかに言った。『大切なのは僕自身の心なんだ』って。それなのに何だよ! 今は破局状態ってこと? 冗談じゃない!」
ロイ「どうする。テレビ放映を許そうか」
ウォルト「いや、それはダメだよ」
ロイ「どうして」
ウォルト「わからないのかい? ウチが破産するからだよ」
ロイ「ウォルト、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ」
ウォルト「いや、それだけは譲れない」
ロイ「ウォルト」
ウォルト「ロイ兄さんは、テレビなんて見たことないでしょ?」
ロイ「まぁ、そりゃあ」
ウォルト「あんな訳のわからないメディアなんかに、買いたたかれてもいいっていうの?」
ロイ「いや、でもなウォルト」
ウォルト「テレビなんていう得体のしれない機械のために、僕の大事なアニメーターたちの苦労を泡にする気はない。兄さんにはできるの?」
ロイ「それは・・・・・・」
ウォルト「できないでしょ? できっこない。少なくとも僕にはできない。テレビなんかに安く買いたたかれるくらいなら、他所の配給会社に乗り換えた方が断然いい」
ロイ「バカ野郎! ウォルト、相手はユナイテッド・アーティスツ社だぞ。今まで俺たちを支え続けてきたのは誰だ。俺たちの映画をどこよりも早く評価してくれてたのは誰だ。あのミッキー・マウスや『三匹の子豚』を最初に放映させてくれたのは、どこの会社だった! 俺たちの心の支えとなってくれたのは他でもない。ユナイテッド・アーティスツ社だろ。ウォルト、今まで受けてきた恩を仇にする気か」
ウォルト「僕たちは遊びでやってるんじゃない、ビジネスをしてるんだ! 僕は今まで、さんざんクリエイターたちの血と汗、そして涙を目の当たりにしてきた。『白雪姫』という傑作を築くために、どれだけ皆が苦労してきたか。血眼になって動物を観察し続けて、脚本とも何度も向かい合って、書き直させて。キャラクターの方針もコロコロ変え続けた。必死で耐え続けてきたんだよ、彼らは。それなのに、そんな血と涙の結晶を、テレビなんかに引き渡すのかい? 僕はできない。断じてできない」
ロイ「ウォルト」
ウォルト「そもそもさ、お金って人を支えるためにあるんじゃないの?」
ロイ「は?」
ウォルト「お金をまともに払わずに自分だけ得をしようだなんて、どうかしてるよ。世界恐慌が起きたそもそもの発端は、みんなお互いに、自分のことしか考えなくなったからなんじゃないの? 売り手は金欲しさに、漠然とモノをつくって売りつけて、消費者は自分の欲だけのために消費をして。そもそもお金って、そんなことのために生まれたわけじゃないでしょ。何でわからないのかなぁ。もっと柔軟になろうよ。僕たちは、命を懸けてきたんだよ? それなのに向こうは・・・・・・」
ロイ「ウォルト・・・・・・」
ウォルト「もっと考えてくれよ! 僕たちのことを、みんなのことを! 考えてくれよ!!」
ロイ「・・・・・・」

しばしの沈黙。

ロイ「・・・・・・悪かった。悪かったよ、ウォルト。お前の気持ちは、よくわかった。そうだよな。俺たちはアニメーション制作会社の、トップだもんな。もっと、強気でいないといけないよな」
ウォルト「・・・・・・」

 間。

ロイ「契約を、解除しようか」
ウォルト「うん。そうしよう」
ロイ「わかった」
ウォルト「悪いね、ロイ兄さん」
ロイ「いや、いいんだ。俺の仕事は、愛する弟を支えることだ。ビジネス面は俺に任せろ。気にすることはないさ」
ウォルト「ありがとう」
ロイ「イヤ。それにしても、お前もいい社長になったもんだ。感服したよ」
ウォルト「いや、兄さんほどじゃないよ」
ロイ「いいや。お前は立派な社長だ。俺が保証する。お前はこの映画制作会社で、一番しっかりしている社長だ! 俺も、そんな社長のもとで働けて、本当に誇らしく思うよ」
ウォルト「・・・・・・ありがとう!」
ロイ「それじゃあ。早速、ユナイテッド・アーティスツ社に行ってくるよ」
ウォルト「頼むよ、ロイ兄さん」
ロイ「ああ。任せといてくれ」

 ロイ、退場。
 ウォルト、窓の方を見つめる。

ウォルト「兄さんばかりに頼ってられない。あと少しなんだ!」

 ウォルト、受話器を持って電話をかける。

ウォルト「ああ、もしもし。私ウォルト・ディズニースタジオの、ウォルトと申します。おたくの社長さんへ電話をつなげていただけませんか」

電話を切られる。
 だが、ウォルトは屈せずに、再び電話をかける。

ウォルト「ああ、もしもし。私ウォルト・ディズニースタジオのウォルトと申します。今お時間は空いてますか?」

 また通話を切られる。
 音楽。
 ウォルト、悲しみのあまり発狂し、号泣してしまう。
 間。
 ウォルトはあきらめずに電話を続ける。

ウォルト「・・・・・・ああ、もしもし。私ウォルト・ディズニースタジオのウォルトと申します。おたくの社長さんの電話とつなげてくださいませんか。はい! ありがとうございます! ああ、社長さんですか? 初めまして! いえ、少し相談したいことがございまして。はい。今度直接お会いしたいのですが、空いてる日はございますか? ・・・・・・そうですか、ありがとうございます! では、また現地でお会いしましょう。よろしくお願いします。はい、失礼します」

 受話器を置くウォルト。

ウォルト「必ず放映させる。みんなでつくった『白雪姫』で、みんなを、暗闇から救い出すんだ!」

 暗転。

   6

 舞台は映画館の客席。
 ウォルトとロイの声が聞こえてくる。

ウォルトの声「あ~、緊張するぅ~」
ロイの声「今さら何なんだよ、ウォルト」
ウォルトの声「ごめん、もう少しだけトイレにこもらせて」
ロイの声「バカ野郎。もう散々こもっただろ?」
ウォルトの声「だって不安なんだもん」
ロイの声「今さら何が不安なんだ。今日は映画の試写会なんだぞ」
ウォルトの声「わかってるよ。でもさ」
ロイの声「でも何なんだよ」
ウォルトの声「お客がいなかったらどうしよう」
ロイの声「いるよ。試写会の前売り券は完売しただろ?」
ウォルトの声「それはそうだけど。これからもヒットし続けるかどうか・・・・・・」
ロイの声「それはこの試写会での反応次第だ」

 ロイ登場。

ロイ「ほら。早くしろよ、ウォルト席は向こうだ」

 ウォルト、ゆっくりと登場。

ロイ「どうした、ウォルト」
ウォルト「・・・・・・ついに、やったんだね。兄さん」
ロイ「ああ、そうさ」
ウォルト「いよいよ、この時がやってきたんだね」
ロイ「ああ、そうだ。やっと上映できるんだ。世界初の、最初にして最高の、長編アニメーションが」
ウォルト「企画からおよそ4年間。みんなで築き上げた名シーンの数々を、やっと、ここで見せられるんだね!」
ロイ「大変だったな。まわりにはさんざん誹謗中傷を言われて、借金もたくさん抱えてさ。もう心が折れそうになったことが何度あったことか。でも見ろよ。こんな光景、生まれて初めてじゃないか?」
ウォルト「そうだね!」
ロイ「漫画映画の地位も、上がったものだな」
ウォルト「ほんとだよ。あの時僕を蔑んだヤツらに見せてやりたいよ。こんなにワクワクした顔の、たくさんのお客さんを!」
ロイ「そうだな」

 ロイ、表情を一変させる。

ロイ「おい、見ろよウォルト。すごいお客が来てるぞ」
ウォルト「見てのとおりだよ。もう、たくさん!」
ロイ「そうじゃない。あそこを見ろ!」
ウォルト「えっ? ・・・・・・これは、夢じゃないよね?」
ロイ「ああ。夢じゃない」
ウォルト「でも、こんな夢みたいなこと、生まれて初めてだ。ハリウッドの名優たちじゃないか! まさか、僕たちのために来てくれたの?」
ロイ「それ以外に何があるんだよ」
ウォルト「ひやあ~! 信じられない、映画俳優たちが、僕たちの映画を観に来てくれてるなんて! 見てくれよ、ロイ兄さん。あそこにいるのはマレーネ・ディートリッヒだよね? あっちはジュディー・ガーランド、クラーク・ゲーブルもいるじゃないか」
ロイ「ああ。そしてあそこに座っているのは誰か、お前も知ってるよな? ハリウッド映画界の名優中の名優。顔を見れば一発でわかる」
ウォルト「・・・・・・喜劇王、チャールズ・チャップリン! うそだ、本物だ!」
ロイ「ああ、間違いない! あのひょうひょうとした顔つきに黒いちょび髭! 間違いない」
ウォルト「一度話をしてみたかったんだ。兄さん、一緒に挨拶しに行こう!」
ロイ「ああ、そのつもりさ」
ウォルト「早く挨拶に行こうよ、ロイ兄さん!」
ロイ「まあ待て」
ウォルト「どうしたの、兄さん」
ロイ「彼らとの挨拶の前に、一つ言わせてくれ」
ウォルト「何なのさ」
ロイ「夢が叶って、本当に、おめでとう!」
ウォルト「・・・・・・・・・・・・ありがとう。ありがとう!」

 ロイとウォルト、互いに手を握り合い、強く抱きしめ合う。

ロイ「辛かったな、ウォルト。本当に、つらかったな」
ウォルト「うん・・・・・・でも、今はそれ以上に、幸せだ!」

 暗転。

   7

 舞台は社長室。
 ウォルトとロイは、それぞれの席に座っている。

ウォルト「はぁ~。終わっちゃった」
ロイ「ああ、終わったな。ハッピーエンドだ」
ウォルト「そうだね。『白雪姫』は世紀の大ヒット作になって、しかも、またアカデミー賞に輝いちゃった。チャールズ・チャップリンとも直接話ができたし」
ロイ「そうだな。ヒットしたおかげでウチの会社も大黒字だ。大借金王から、大富豪への大変身なんて、まるで野球の逆転ホームランだ。人生どうなるかわからないもんだな」
ウォルト「ああ、そうだね。もう、最高だ!」

 ウォルト、デスクから書類を取り出す。

ウォルト「これで、次の企画も実行できるよ」
ロイ「えっ? 次の企画だって?」
ウォルト「そう!」
ロイ「お前、まだ何か考えてたのか?」
ウォルト「もちろんだよ」
ロイ「ちょっと待ってくれよ・・・・・・」
ウォルト「ロイ兄さん、ここをどこだと思ってるんだい? アニメーション制作会社だよ?」
ロイ「いや、それはわかってるけど」
ウォルト「次の企画を早めに決めておかなくちゃ、アニメーターたちに申し訳がない。だから僕、あらかじめいくつか、企画を固めていたんだよ」
ロイ「いくつかって、たとえば」
ウォルト「これさ。次の企画は、『ピノキオの大冒険』だ!」
ロイ「はあ?」
ウォルト「次の企画は『ピノキオ』だよ。ピ・ノ・キ・オ!」
ロイ「おい、勘弁してくれよ・・・・・・」
ウォルト「僕の頭の中では、もうラストシーンの構想までしっかりと固まってるんだ。鯨の襲撃から逃れようとするピノキオとゼペットおじさんが、崖の中に間一髪で入ってさ」
ロイ「費用はどれぐらいかかるんだよ」
ウォルト「え?」
ロイ「費用はどれぐらいかかるんだ?」
ウォルト「いや・・・・・・まだそこまで計算はできてないけど、今回の『白雪姫』を超えるクオリティーぐらいは欲しいから・・・・・・」
ロイ「はあ!?」
ウォルト「ダメかな」
ロイ「いや、ダメというか・・・・・・」
ウォルト「ダメなの?」
ロイ「・・・・・・お前なぁ。その資金をかき集めるのに、今度はどれだけ走り回らなくちゃいけないんだよ」
ウォルト「ごめん」
ロイ「ほんとだよ。さんざん人をこき使っておいて」
ウォルト「そうだよね。ごめん・・・・・・」
ロイ「少しは休暇を取らせろ」
ウォルト「えっ?」
ロイ「『白雪姫』のために、俺がどれだけ他所に頭下げてきたか知ってるだろ? 俺もいいかげん、休暇がほしいんだよ。頼むよ、ウォルト。兄さんを見殺しにしないでくれ」
ウォルト「ああ、そういうこと?」
ロイ「そうだよ、当たり前だろうが」
ウォルト「ごめんごめん。もちろん、兄さんの休暇は有給で取れるようにしておくよ」
ロイ「ありがとな」
ウォルト「うん。それで、次回作の資金についてのことなんだけど・・・・・・」
ロイ「もう、わかってるよ。また俺に資金集めをしてもらいたいんだろ?」
ウォルト「そう。ダメかな」
ロイ「いいに決まってるだろ。大丈夫。お前のためだったら、どこにでも行くよ」
ウォルト「ごめん・・・・・・」
ロイ「何で謝るんだよ」
ウォルト「だって、僕はいつも、兄さんたちを振り回してきたから」
ロイ「ウォルト」
ウォルト「もっと、民主的に会社の経営をしなくちゃいけないことは、わかってるんだ。でも、どうも僕、自分がつくりたい映画の構想ばかりが先走っちゃって。そのせいで、みんなを奴隷のようにあちこち振り回しちゃってさ。もう、ホントに、ごめん!」

 ウォルト、深々と頭を下げる。
 しばしの沈黙。

ロイ「いいよ。ここは、お前の会社だ、ウォルト。ウォルト・ディズニースタジオなんだ。もっと堂々としてろよ」
ウォルト「ロイ兄さん・・・・・・」
ロイ「社員である俺たちに夢を与え、希望を見せることこそが、ウォルト・ディズニーの仕事だろ?」
ウォルト「兄さん」
ロイ「お前は、いつまでもお前らしくいろよ。人目を気にせず、金にも世間にもとらわれるな。自分のやりたいことに、どんどんつき進めよ!」
ウォルト「・・・・・・ありがとう、ロイ兄さん! 僕、これからもがんばるよ!」

間。

ロイ「で、次の作品は、具体的にどんな企画なんだ? 金はどれぐらいかけるつもりなんだ」
ウォルト「ロイ兄さんはお金ばっかり」
ロイ「何事も、金がないとやっていけないだろ?」
ウォルト「それはそうだね」

 互いに笑い合う、ウォルトとロイ。
 音楽。

ロイ「さ、今のうちにさらけ出しちまおうぜ」
ウォルト「えっ?」
ロイ「教えてくれよ。どうせお前のことだ。ここから先も、何か考えてるんだろ?」
ウォルト「えっ、いやぁ、それは・・・・・・」
ウォルト「教えてくれよ。お前の次の目標を、そして、ウォルト・ディズニーの夢を!」
ウォルト「・・・・・・いいの?」
ロイ「もちろんさ。ウォルト、素直に話してくれ。お前が次に叶えたい夢は、何なんだ?」
ウォルト「僕の叶えたい夢・・・・・・それは・・・・・・!」

 ストップモーション。
 しばしの間の後、やがて照明がだんだん落ちていく。

                              おわり

参考文献

『ウォルト・ディズニー すべては夢みることから始まる』PHP研究所・編 PHP文庫 2013年
『ウォルト・ディズニー ー創造と冒険の生涯ー』ボブ・トマス・著 玉置悦子、能登路雅子・訳 講談社 1983年

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おもに僕が代表を務めている小劇団の活動費として再投資させていただきます。 よろしくお願いします!