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デビュー戦)アレハンドロとタコス

ジムの駐車場でドライバーアプリを起動するとすぐに出前の依頼が舞い込みました。

すぐ近所の某タコス屋にアレハンドロのランチを取りに行く仕事です。
この辺りは土地勘があるのでタコス屋へはスムーズに到着することができました。

コロナ禍以降、北米でもテイクアウトの需要が大幅に拡大し、レストラン側もそれ用に進化をとげております。
このタコス屋も例外ではなく、注文カウンターの隣には私のようなドライバーや一般のお客様が事前に注文した商品を受け取るためだけの専用のピックアップ棚がありました。
ここは店員さんに無断で勝手に取っていくスタイルのようです(たぶん)。

私が到着した時にはアレハンドロのタコスは既にピックアップ棚に鎮座しておりました。
無造作に置かれたタコス2箱とアイスラテとオレンジジュース。

剥き出しです。

「袋とかないの?」と今の私なら店員さんに尋ねたことでしょう。しかし、これは私の初めての出前です。私の姿など見えていないかのように店員さんはイートインのお客様をさばくのに忙しそうです。「剥き出しが普通なのかな…?」と普通が人の数だけある自由の国アメリカで、私は誰かの普通を無理矢理信じる事にしました。
そして、両手に全ての商品を持ち、転がっていたストローも忘れずに、車に戻りました。

アレハンドロの住まいは少し山の上にある高級住宅街の一角にありました。
「この町も坂で有名になってもいいんじゃね?」と思うくらいには急な坂道を懸命に走っていきます。たとえ車でもこんなに山登りをしなくてはいけないのなら誰かに届けて欲しくもなるよなぁ等と考えているうちにアレハンドロの豪邸に辿り着きました。

まずは到着した事を伝えなくては!とアプリと格闘しているうちにしびれを切らしたアレハンドロが家の中から出てきました(我々ドライバーはGPSで常に監視されています)。

濃紺の品の良いセーターを着た紳士でした。

挨拶もそこそこにその紳士は私に謎の数字を告げましたが、私には何の話か全く分かりません。

タコスと共に泣いて逃げ帰るほど幼くもなく、かと言って自力で何とかしようとするほど若くもない私は「初めての出前で何のこっちゃ分からないのでその数字をどうすればいいのか教えてほしい」と大人らしい図々しさを発揮しました。もちろん、アレハンドロにしたら知ったこっちゃない話なのですが一緒にアプリを覗いて考えてくれました。

日本語設定にしてあるアプリにも関わらずアレハンドロの協力により無事に納品報告が完了しました。

剥き出しのタコス2箱とアイスラテとオレンジジュースを渡し(勿論ストローも)、大層持ちにくそうに両手に抱えて豪邸に帰っていくアレハンドロの後ろ姿を見送って、私のデビュー戦は終了となりました。

所要時間25分と幾ばくかのガソリン代をかけて4ドルの稼ぎでしたが、私が北米に来てから初めて自力で稼いだお金です。アレハンドロの優しさと共にこの4ドルの事は忘れることはないでしょう。



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