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【インドネシア】経験が人を受け入れる器を拡げる

出会って30年。小学生時代の友人と8年ぶりにゆっくりと話をしました。彼女は帰国子女で、私が人生で初めて出会った英語を話す人。
彼女の転校初日、私は先生に一緒に帰るように言われたか何かで、先生と彼女が話しているのを隣で聞いていました。その時のネイティブの発音にびびってしまったことは今でもよく覚えています。
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2023年春、家族でインドネシアに赴任しました。
人生初の期間限定・海外生活に挑戦中です。

経験を経て見える目の前の人の新しい側面

初日こそ英語にびびってしまった私ですが、人懐っこい彼女に助けられ、ほどなくして、私の両親や兄弟含めて家族ぐるみで仲良くなりました。

そんな彼女と久しぶりに会って話した話は、国籍のこと、帰国子女としての苦労や努力、そしていまどうしているか。もう、長い付き合いなのに全然知らなかった彼女の一面でした。

両親共に日本人だけど、生まれた時から海外で暮らしていた彼女。国籍はどうなっているのか、海外で生活していた間はどんなふうに日本語に触れていたのか、日本に来てから日本語を話せるようになるための苦労や努力。そして、大人になってから帰国子女の話題をふられた時の鉄板ネタまで。
インドネシアで暮らす前の私にはおそらく聞いてもあまり理解できなかったし、興味を持って聞けなかっただろう話でした。

でもいまは、国籍などの制度的なことはインドネシアで出会った人と関連付けながら、帰国子女として日本社会で子どもの頃から生きてきた苦労や努力は我が子のこれからに想いを馳せながら聞けるようになりました。

こんな風にわたしが新しい経験を経たことで、友人のこれまでとは違う一面を知れたのが素直に嬉しかったのです。

一つの経験は自分の器を何倍も拡げてくれる可能性を持つ

独身の頃から子どもを持つことにあまり興味のなかった私が、子どもがいてもいいかな?と思えたのは「子どもがいるから出会える世界を見てみたい。」と思ったからでした。

その私の直感は、間違いじゃなかったと今では思います。

子どもと生きてきたこの10数年で、私の経験は何倍も広がり、出会えた人への解像度も上がった。

例えて言うならば、私だけの人生が道路一車線だったとしたら、この10数年は三車線か四車線ぐらいの広い道路を右往左往しながら進んでいて、車道の両端にある数メートルの歩道や自転車道にまで視野が広がった感じ。目を凝らさないと事故っちゃう範囲は増えたけど、それだけ広範囲に心を配れるようになったわたしの器は大きくなったと思うのです。

インドネシアでの経験を経て、その歩道のもっと向こう側にある知らない人の住宅に想いを馳せれるようになっているかもしれない。

まだまだ分からないことは沢山あるけど、興味を持って扉を叩いてみたり、窓から顔出してくれている人の話を聞いてみることは出来るようになったと思う。

経験って、積み重ねると自分の道は前に伸びるだけじゃなくて、横にも拡がるんですね。

知るって、楽しいなぁ。

2024年3月。さとゆみゼミ4期の仲間と共に始めた#note1000日チャレンジ・15投稿目。
今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。