究極のエンターテイメント

四年前から年に一度、「九州の神楽シンポジウム」というイベントが、宮崎で開催されています。

神楽の保存・継承を目指し、九州の神楽を中心とした公演や、専門家の方々を講師に迎えての講演会などが行われるものです。

私も一昨年、このシンポジウムを観に行きました。

もちろん神楽の公演を目的に行ったのですが、会場が大きな演劇ホールということもあり、私としては観光神楽のような感覚で楽しむつもりでいました。

そういうわけで、その日3公演あった神楽の2公演目までは、舞人の装束や面に注目してみたり、舞が神話のどの場面を表しているかなどを想像したりしながら気軽に観ていました。

しかし、その日最後の神楽公演である高原町の祓川神楽の番となり、手に真剣を持ち、修験者の装束を着た12人の舞手が舞台に出てきたところから、会場の空気が少し変わったような感じがありました。

それまで多くて3、4人の舞手が立っていた舞台に、面をつけない素面の舞手が12人。それも、いかにも地元の男性という感じの、仕事や家庭が何となく想像できてしまうような、20〜50代くらいの舞手たち。髪形も、茶髪だったりパーマをかけていたりするのをそのままにした、ごく普通の男性達です。

その男性達が、二歩横にずれたら隣の人とぶつかるような距離感の中で、真剣の刃を握り剣を振る、独特の舞を始めます。

しばらくその舞が行われた後、12人が舞台中央に向かって輪になると、全員で祝詞を読み上げたのち、それぞれが、左隣の舞手の剣先を握りました。そして、12人が真剣で繋がり輪になった状態のまま、スピードを持って回り始めたのです。

ただ回るだけではなく、輪が一つの生き物のように、周りながら刻々と形を変えていきます。

誰か一人でもタイミングや方向を間違えたら。             少しでも輪を広げてしまったら。                                  怪我をすることがわかり切った、ギリギリの演目。

しばらくして舞手たちが足を止めたところで、一瞬、終わった、という安堵感が会場を包みました。


ところが、再び祝詞が読み上げられると、舞手たちはまた真剣を握り合ったまま、回り始めました。輪の動きは変則的で、見ている側は次の動きが予測できず、一時も心が休まりません。

それが一体何回繰り返されたのか、祝詞を読み上げる息遣いも次第に荒くなっていき、中には祝詞を間違える舞手や、祝詞の言葉が出てこず間が空いたりする舞手も出てきました。

一方で、舞手の息遣いに反比例するように、会場は静まり返り、観客は舞手たちの疲労を肌で感じながら、ただただ、息を殺して舞を見守っていました。

舞手たちの息遣いと、自分の心臓の鼓動のみが響くなか、ついに演目が終わった時の、極限の緊張感から解放された会場全体の安堵感、そして割れんばかりの拍手は、一生忘れられません。


後から時計をみると、約30分ほどの時間だったのですが、途方もなく、長い長い時間に感じました。

私は恥ずかしながら、最後はホラー映画を観るかのごとく、手で顔を覆って指の隙間からやっと見ていました。

いつ切れるとも分からない張り詰めた緊張の糸に、逃げ出したい気持ちになりながら、浅い呼吸をしつつ何とか最後まで見届けることができました。


私が観た祓川神楽の「十二人剱(じゅうににんつるぎ)」という演目、こちらの動画の10:45頃から1分弱の紹介ですが、雰囲気だけは何とな〜く伝わるかもしれません。ちなみに本来の祓川神楽では、十二人剱は約1時間の演目なのだそうです。


それから一年以上経った昨年、たまたま、演出家の宮本亞門さんの講演を聞く機会がありました。世界で活躍され、これまで数々の実績を残してこられた亞門さんですが、お人柄はソフトでお話も面白く、また幼少時から日舞をされていたとあって、何気ない所作も美しく、とっても素敵な方でした^ - ^

その亞門さんも、東京で行われた祓川神楽の公演を観られたそうで、その時のお話をしてくださいました。

真剣を使った舞の最中、親子で舞っていた舞手の、子供の装束の足元の紐が、ほつれてしまったそうなのです。いつ足を滑らせてしまうのではと、観客がハラハラ固唾を飲んで見守るなか、舞のわずかな隙を見計らって、父親の舞手が紐を結びなおした時、会場全体が安堵したというお話をされました。

そして優しい笑顔で「演出家としては、あんなことされちゃ、かなわない」とおっしゃっていました。


魅せることを極めた人に、かなわないと言わしめる、魅せよいうとしていない人が作り出す究極のエンターテイメント。


神様の楽(あそび)は、凄いです。





今回は、かなり緊張感のある記事になってしまったので、、、記事とも宮崎とも全く関係ありませんが、人間の私はこちらも好きです^ - ^






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