何に価値を感じるか

まだ今のような状況でなかった3月、私は、それまで3日に1度は必ず足を運んでいたドラッグストアに行くのをやめた。(正確には、行く回数を、大幅に減らした。)

野菜などの生鮮品を直売所で買う私にとって、そのドラッグストアの品ぞろえは、直売所に置いていない食品や日用品を購入するには十分で、値段も他の同業店より安く、とても助かっていた。

でもある時から、お会計を済ませて店を出る時、なんだかハッピーでない自分がいることに気づくようになった。


仕事帰りの夕方の、疲れが出やすいタイミングで行くからだろうか、と思い直し、実験的に休日の午前中に行ってみたりしたものの、それはあまり変わらなかった。

特に何か決定的なことがあった訳ではないけれど、なんとなく気が進まないのなら、わざわざ行くこともないかと思い、同じく近くにある別のスーパーに行くことにした。

スーパーはどちらかといえば生鮮品がメインで、日用品もドラッグストアほど充実していない。値段も割高なイメージがあったので、これまでは足が向かなかったのだけれど、自分の気持ちに素直に従ってみることにした。


そのスーパーは、私が子どもの頃から同じ場所にずっとある。今住んでいる家からも近いけれど、行くのは本当に久しぶりだった。

いつぶりだろうか、などと考えながら入り口の自動ドアを抜けた瞬間、ぱーっと視界が開けて、明るい空気を感じた。

お、なんだかとても心地よい。


入り口近くで野菜を並べていた男性の店員さんが、私の顔を見て「いらっしゃいませ~」と爽やかに声を掛ける。

通路を歩くと、台車を横に置き作業していた女性の店員さんが、通行の妨げになっていないか、さり気なく目を配る。

探している商品について尋ねると、とても丁寧に対応してくれた。


変な表現かもしれないが、スーパーにいるのに、なんだか空気の美味しい山の上に来たような感じ。そのくらい、気分が良かった。


目当ての物をかごに入れレジに並ぶと、前に2人ほどお客さんが並んでいた。少し時間がかかるかなと思いながら、何気なく視線を上げた先に、手書きのホワイトボードがあった。

左上に「ひとこと」とあり、短い文章の下に名前が書かれている。このスーパーで働く店員さんの一人が書いたもののようだ。読んでみると、こんな内容だった。

「家で、使い切れないお野菜が出てしまうことはありませんか?私の家では週1回、残った野菜を使ってコンソメのスープを作っています。栄養も取れて、冷蔵庫もスッキリして良いですよ!」

思わず心の中で、わかるー!とつぶやいた。そうか、週1回と決めてしまえばきちんと使い切れる。

ポップ用の文字ではなく、その方の普段の字なんだろうなという素朴さが、また良い味を出していた。

それに、この店員さん本人は意図したていないだろうけど、きっとこれを見てコンソメ買い足す人もいるよな~と、ある意味でとても高度な広告に一人感服していたら、私の前に並ぶお客さんのお会計が始まった。


そのお客さんは常連さんだったようで、レジの店員さんは、レジ打ちしながら気さくに話しかけていた。まだ少し寒い時期だったから、高齢のお客さんの健康を気遣う言葉に、とても嬉しそうに答えるお客さんの笑顔が印象的だった。

店員さんは話をしつつも、手はテキパキと動き続けている。限られたほんの短い時間の中で、心のこもった言葉をいくつも掛けていた。

他のレジでも同様に、温かい会話の花が咲いていた。

それ以降、そのスーパーに行くようになったが、買い物を終えたときはいつも、軽やかな気持ちになっている。例えスーパーに入る前に、どんなに疲れていたとしても。


実際、価格的なことを言うと、物によっては3割くらい、ドラッグストアの方が安かったりする。安い金額に慣れてしまっていたので、正直むむ~と悩んでしまう瞬間はあるけれど、スーパーは適正価格で売っているだけで、その商品本来の価値よりも高く売っているわけではないのだ。

そして、私がこのスーパーで得ている気分の良さは、一体どのくらい価値があるのだろうと考えたとき、ドラッグストアで節約できる価格とは比べものにならないほど、高いことは明らかだった。



先日、以前行っていたドラッグストアの新店舗が、これまた近くに、新しくオープンした。同じ店同士で競合にならないのだろうかと、余計な心配をしてしまうくらい近くに。

人が反応しやすい色で覆われた外観はまぶしくて、少し目が痛い。長い間、何も考えずに利用していたことを、ちょっとだけ後悔している自分がいた。


サービス自体が商品だとその質を気にするのに、物、消費してなくなってしまうような物については特に、それが手に入ることのみが目的となっていた気がする。

実は、その物以外に、値札は付いていないけれど、確かに受け取っていたものがあったのだ。


この先も残っていて欲しい店はどんな店だろう。

どんなに小さな買い物であっても、まずは自分に尋ねてみたい。

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