口紅は誇り

「叱られに行く時は、綺麗な色の口紅を付けなさい。」

中学生の頃、家にあった本を片っ端から読み漁っていた私が、ある本の中で見つけた一文。

おそらく母の本だったのだと思うが、その本の名前も、著者も今は覚えていない。ただ、その一文だけが、私の中に残り続けた。

大学生でお化粧を覚えたけれど、その一文をまた思い出したのは、就職をしてからだった。


自分の仕事の中で、見つけてしまったミス。報告をしなければならない。

今でこそ冷静に対処できることが増えてきたが、緊張が強かった当時の私は、ミスに気付くといつも、罪悪感と報告することへの恐怖で心の中が埋めつくされてしまっていた。

そんなとき、あの一文に救われた。


一分一秒を争うときは別として、報告する前に私はまず化粧室に行き、口紅を塗りなおした。

口紅は、食事をしたわけでもないのに意外と落ちているもので、鏡を見ると、不安な表情をたたえた顔色の悪い自分がいる。肩も下がって、まるでこの世の終わりを今知ってしまった人みたいだ。

そこに口紅の色が入るだけで、一瞬で血の気が蘇り、眼差しも変わる。自然と、背筋も伸びている。


ミスの報告は、感情ではなく冷静さが必要だ。

口紅はいつも、私の味方であり、人として、女性として、社会人としての誇りを、思い出させてくれる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?