「血と名前」『RAISING ARIZONA(赤ちゃん泥棒)』徹底解剖4
さて今回は、映画『RAISING ARIZONA(赤ちゃん泥棒)』の登場人物と演者の紹介をしながら、なぜこの映画で「不妊・養子・東欧系移民・改名」が重要なテーマになっているのか考えていこう。
前回を未読の人はこちらをどうぞ!
しかし映画中盤で「しょーもないジョーク」が連発されるシーンを3回にわたって解説するとは驚きやったで。
しかもそれが映画を読み解くトリセツになっとったんやさかいな…
だって、あのシーンに登場する2組の夫婦には、コーエン兄弟自身が投影されているからね。
正確に言うと、監督&脚本を務めたジョエル・コーエンとフランシス・マクドーマンド夫妻や親族の投影だけど。
ええ!?
知っての通り、ジョエル・コーエンとフランシス・マクドーマンドは、前作『ブラッド・シンプル』での仕事がきっかけで交際するようになり、1984年に結婚した。
そして2年後の1986年に『赤ちゃん泥棒』の撮影が行われ、翌年春に公開される。
だけど今回のフランシス・マクドーマンドは、中盤に登場するだけの脇役だ。
ヒロインのエドを演じるのはホリー・ハンターなんだけど、二人は駆け出し女優時代、ニューヨークで共同生活を送っていた元ルームメイトという間柄なんだよね。
へ~、そうだったのか!
映画『赤ちゃん泥棒』の内容は、アイルランド・スコットランド系の名前を持つ男ハイと、ポーランド系の名前をもつ女エドが結婚し、医師から子供が出来ない体であることを告げられ、犯罪歴から養子縁組も出来ないために、5つ子が生まれた金持ちアリゾナ氏から「赤ちゃん泥棒」を決行。だけど最後は返しに行き、被害者であるアリゾナ氏から何故か「諦めるな」と諭され、その夜に「大家族に囲まれる老後」の夢を見る…というもの。
苗字が逆になってるけど、ハイとエドのカップルは「ドイツ・東欧系ユダヤ人の苗字をもつジョエル・コーエン」と「アイルランド・スコットランド系の苗字をもつフランシス・マクドーマンド」なんだよね。
きっとこの頃、ジョエルとフランシスの二人は子供が出来なくて悩んでいたんだと思うんだ…
またまた(笑)
まだ結婚して二年だし、おかえもんの憶測に過ぎないんじゃないの?
でも僕も結婚して二年目には不妊症の検査に行ったよ。
そして映画のグレンみたいに精子に問題が見つかった。だけど僕の場合は改善プログラムのおかげで精子が復活して、子供を授かったんだ…
だから結婚二年目で夫婦が「子供が出来ないこと」に悩むのは珍しいことではない。
なるほど…
実体験を持ち出されると説得力がある…
そしてジョエル・コーエンとフランシス・マクドーマンド夫妻は、1995年に養子を迎える。
それが夫妻の一人息子、パラグアイ生まれのペドロ君だ。
ええ!?そうだったの!?
せやさかいアリゾナ氏はハイとエドに「医療は進歩しとる。せやから人生投げたらアカン。夫婦が仲良うしてたら、必ずいいことはある」とアドバイスしたんやな…
あのセリフはジョエル・コーエンが己に言い聞かせてたものなんや…
そんで1990年代前半は頑張った。でも出来んかったんで養子を迎えたっちゅうことか…
そんな流れだったんじゃないかな。
そして「5人の養子を育てるグレンとドット夫妻」のモデルは、フランシス・マクドーマンドの育った家庭だ。
彼女は、両親であるマクドーマンド夫妻と血の繋がった親子ではない。養女なんだよね。
実の親は彼女曰く「ホワイト・トラッシュ(白人の最貧困層)」で、子供を育てる経済的余裕がなく、通っていた教会で牧師をやっていたマクドーマンド氏に養子縁組を申し出たそうだ。
敬虔なプロテスタント系クリスチャンであるマクドーマンド夫妻は、他にも二人の養女を育てていた。
つまりフランシス・マクドーマンドは三人姉妹として育ったんだけど、生物学的には血の繋がっていない姉妹だったんだよね…
ユダヤ人のジョエル・コーエンと、プロテスタントの牧師に育てられたフランシス・マクドーマンドが、カトリック国のパラグアイから養子をもらうっちゅうのも、なかなかややこしいハナシや。
だけど先日『スリー・ビルボード』でオスカーを取った時のスピーチでも、マクドーマンドは「業界の多様性」を訴えていたよね。
彼女の中では「様々な背景をもつ人たちが協力して、ひとつの作品を作り上げる」ということが重要なテーマなんだ。
でもまさにグレンとドット夫婦の子供たちと一緒じゃんか…
あの5人の子供たちも、それぞれ違った民族的・宗教的背景をもっていた…
しかもフランシスの姉の名前はドロシー・マクドーマンド…
通称ドット…
ドット!?
前作『ブラッド・シンプル』ではコーエン兄弟の姉「デボラ」がネタに使われていたけど、今回はフランシス・マクドーマンドの姉「ドット」を使ったというわけ…
実際のデボラが真面目なリハビリ医であんな風に「ツンデレ尻軽ブス」じゃないように、実際のドットもあんな風なキャラではない。ドットは父のように立派な聖職者になったそうだ。
エドはお父さんの名前だし、身内をイジるの好きだよね、コーエン兄弟は…
しかも実際の本人とは正反対のキャラで登場させるという…
グレンを演じている俳優「Sam McMurray(サム・マクマレイ)」も興味深いバックグラウンドをもっているんだよ。
彼のお父さんはアイルランド系の移民で、お母さんはドイツ・ポーランド系ユダヤ人で旧姓を「Hoffman(ホフマン)」という。
つまり彼のお母さんの苗字は、東欧系ユダヤ人に多い「Hoffman」から、いかにもアイルランド系の苗字「McMurray」に変わった。
「東欧系から英語系への改名」がキーワードのこの映画にぴったりの役者さんだ。
そういえば、ニコラス・ケイジもそうやったな…
オトンがイタリア系で、オカンがドイツ・ポーランド系やった…
その通り。ニコラスは、あの『ゴッドファーザー』で一世を風靡した巨匠フランシス・フォード・コッポラの甥っ子にあたる。
駆け出し時代のニコラスは、オーディションに行くと叔父のことばかり聞かれてウンザリしたらしい。
だから苗字を「Cage」という芸名に変えたそうだ。
なんで「Cage」なんだろう?
大好きなマーベル・コミックのキャラ「Luke Cage」から取ったと言われてるけど、そんな子供みたいな理由だけじゃないと思う…
きっと、父方の姓「COPPOLA」と母方の姓「VOGELSANG」のハイブリッドという意味も込められてると思うな。
あと、文字通り「鳥籠・檻」っちゅう意味もあるやろ。
いくら名前を変えたって、偉大な叔父の名からは逃れられへん。「俺の人生、監獄や」っちゅうことや。
刑務所行きを繰り返す、この映画の主人公ハイにピッタリだよね。
コーエン兄弟がオーディションでニコラス・ケイジを選んだ決め手は、演技力うんぬんより、意外と「民族的背景と改名」が理由だったのかもしれないな。
あとこの映画で「ドイツ・ポーランド系の名前を改名」したのは、ネイサン・アリゾナ氏だよね。
彼の元々の名前は「Nathan Huffheinz」というドイツ風なものだった。
保守的なアリゾナという土地で商売をするにあたり、大胆にも苗字を州名に改名したというわけだ。
エドといいアリゾナ氏といい、なんで苗字を変えたがるんだろ?
そんなに不都合なものなの?
アリゾナ氏は経営する家具店のキャッチコピーを引き合いに出してこう言ってたね。
「誰が《Unpainted Huffheinz》なんて店で買い物をしたいと思うんだ?」
このセリフにはとても深い意味があるんだけど、それはまたの機会に説明するとして、この名前って英語に直訳すると「イライラ・ヘンリー」だからね。
あまり購買意欲をそそる名前ではない。
そして「McDunnogh」になりたかったエドだけど、どうもアメリカ人にはアイルランド・スコットランド系の苗字「Mc/Mac○○」に対する郷愁や愛着みたいなものがあるらしいんだ。
映画『ファウンダー』でも、そんな話が出て来たよね。
ハンバーガー店マクドナルドを始めたのはマクドナルド兄弟だったけど、全米に広げたのはレイ・クロックという男だった。
ある時レイ・クロックは、カリフォルニアで直営店を数店舗経営していたマクドナルド兄弟に「マクドナルド」という名前の権利を売り渡すように求める。
兄弟は「そっちがクロック・バーガーにすればいいじゃないか」と突っぱねた。だけどレイ・クロックは食い下がる…
「誰がクロック・バーガーなんて店でメシを食いたいと思うんだ?」
そしてあらゆる手段を使って兄弟を追い込み、ついにマクドナルドという名前の独占権を手に入れる…
僕ら日本人にはピンと来ないけど「クロック(Kroc)」というのはチェコのボヘミア系移民に多い苗字らしく、アメリカの白人社会では良いイメージのない名前らしい。
かたや「マクドナルド(McDonald)」は温かみや安心感があるらしいんだ。コンピューターの「マッキントッシュ(Macintosh)」と同じだね。
なるほどな。なんとなくわかる気がする。
そして五つ子が誕生したアリゾナ氏のモデルは、言わずと知れた大富豪ネイサン・ロスチャイルドだったね。
ドイツのユダヤ人商人マイヤー・アムシェル・ロートシルトの「五人の息子」のひとりで、イギリスへ渡り大成功を収め、金融で大英帝国を支える存在となった…
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