啜る

墓参りに行った郷里で、わるい虫に捕まり肺にダンボールのクズをつめこまれた。以来心肺機能が著しく落ちている。さまざまなことが不自由になった。坂道をのぼる。重いものを持つ。歌を歌う。なかには思わぬものも。もっとも驚いたのは「啜れ」なくなったことだ。

ラーメンなど麺類を勢いよく啜れないのは想像がついたし、実際試みて想像の範囲内だったのだが、困ったのはコーヒー紅茶の類い。熱い飲み物。まさかこれほど飲みにくくなるとは思わなかった。

ヤケドするほど熱い液体は、空気を合わせて吸い込むことにより温度を下げて口の中に取り込んでいる。健康ならば何の問題もない行為だが、心肺に問題がある今では、液体を吸い込む前に肺の上限まで息を吸いきってしまう。カップに口を近づけて口をすぼめて息を吸い込んだだけ。飲み物は一滴も接種できていない。それなのにゼエゼエとあらいいきで肩があがっている。客観的にはだいぶおもしろいのではないか。

原因である虫の正体に心当たりがないわけでもない。父方の祖父は船乗りであったが昭和二十七年に太平洋上で息を引き取り水葬にされた。米国で受けたガンの手術の経過が悪いなか無理をおして帰国しようとしたのが良くなかった、と祖母から聞いた。遺髪及び遺品が同僚によって神戸港に届けられ当時中学生であった父がひきとりにいったのだが、そのなかに古い懐中時計があった。



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