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幸せってなんなんだろう🧐

どうも!元々あまり好きじゃなかったコーヒーを最近は飲むようになり、ミルクやシロップの入れ具合を楽しんでいるでえちゃんです😊

タイトルからいきなり重い感じになってしまいましたが、最近よく考えるんですよね。自分にとって幸せってなんなんだろうって。別に今まで幸せじゃなかったというわけじゃなくて、就活をしていて、生き方選びをしている感覚でいて、これからの人生で幸福度を高めていくにはどうしたらいいのかをよく考えます、、、

そこでハッとさせられたnoteに出会いました。

https://note.com/met2017/n/nf43c738f88d2

このnoteの中では、以下のように書かれていました。

人間の幸せは5つの要素から成っているというところ。
「達成」
「快楽」
「意味合い」
「没頭」
「良好な人間関係」
僕らの上の世代は「達成」「快楽」を重視してる。なぜならば、生まれた時に何もなかったから。要は、死ぬほど努力して何かを「達成」し、その達成したことによって物理的だとか、肉体的だとか、色んな「快楽」を得る。
ただ、それより下の、生まれた時に何でもある世代は、「意味合い」「没頭」「良好な人間関係」を重視する。「何のために働くか」、「働いていることに没頭できるか」。「好きな人と、気が合う人と、刺激し合える人と働ければいい」という、この3つを重視するのがこの下の世代。それをちゃんと言語化して言ってくれる人は今までいなかった。この言語化が大事な理由は、「自分が何のために頑張れるか」を把握していることで、自分をコントロールしやすくなる。

僕らの世代というのは、天才編集者の箕輪さんの世代なので歳でいうと35歳前後である。いわゆるリーマンショックあたりに社会人となられた世代。

この世代より上は
「達成」「快楽」
が幸せの基準だったが

この世代より下は
「意味合い」「没頭」「良好な人間関係」
が幸せの基準に変化してきているという。

過去を振り返ったり、今に自分に目を向けると確かにそうなのかもしれないという節がある。

小学校や中学校のときには、野球に『没頭』していた。確かに今思うとめちゃくちゃ幸せだった。自分自身、体が小さくて、運動神経も良いというわけではなかったが、野球が好きだったから練習は結構楽しんでやっていた。試合に出て活躍するために、家での素振りや自主練を頑張った。全てがうまくいくわけではなかったけど野球が好きで、野球というスポーツに『没頭』していたから頑張れた。その結果として、体格では負けている同級生よりも早く試合に出るチャンスをもらったり、守備の要であるキャッチャーをやらせてもらえた。


小学校、中学校と勉強が嫌いではなかった。知的好奇心は旺盛なほうなので結構楽しんでやっていた記憶がある。その中でも小中の時は、理科・社会が楽しかったように思う。まさに、理科の実験や社会の歴史に『没頭』していた。

でも高校になると少し変わってきて、周りに自分よりも勉強ができる同級生がわんさかいた。そのときに気付いたのだが、中学校までは、少し頑張れば成績で1番はとれたから、それでみんなからすごいように思われたり、自分が気持ち良くなれるのがただの「快楽」だったのかもしれない。

そのせいもあって高1〜高2の夏くらいまでは、勉強が中途半端でかなり血迷っていたように思う。その中でも周りの人や親からの期待というものを、勝手に感じていてその期待に応えようとするように、だんだんと勉強にも身が入るようになっていった。これがおそらくぼくの中では『意味合い』というもので、自分がなんのために頑張るのか。それは周りや支援者の期待を勝手に背負い込んで頑張るのだと思う。


そんな僕でも21年間生きてきて、三重県の小さな田舎から関西まで出てきて、たくさんの人と関わってきた。やはり人生の中で『人間関係』はめちゃくちゃ大きな要素であることは間違いない。1番身近な存在となるのは最も家族であり、母親である。21年間の中でささいな喧嘩はたくさんしてきたが、1度だけ忘れもしない大喧嘩をしたことがある。中学校2年生か3年生か忘れたが反抗期真っ最中だった。兄貴を見ていて反抗期になんかなるもんかと思っていたが、知らぬ間になってしまっていた。今思うとほんとに心苦しくなる。ある日家族4人で、晩ご飯を食べていたのだが、何を言われたのかは忘れたが、母親に何か言われ腹を立てた自分は、机をひっくり返して、部屋の壁を打ち破った。それからというもの母親とは、目も合わせず、食事の時間もずらして全く関わらないように生活していた。自分は学校では、明るく何事もなかったかのように過ごしていたが、生きている心地はしなかった。それでも母親は毎日欠かさず食事の準備をしてくれて、お弁当も欠かさずに準備してくれていた。(マジでおかんって偉大)

1週間ほど経った日の夜、僕はもう我慢できずに母親に涙ながらに謝った。その時、母親も泣いていた。「こんな生活楽しくないよ、もう終わりね。」って言われた。情けなかった。兄貴が反抗していて悲しそうな母親の顔を見ていてぼくは絶対そんな思いさせたくないと思っていたのに、自分のせいで母親を泣かせてしまったのが情けなかった。それから自分の反抗期というものは終わった。絶対に母親を泣かせないと誓った。今では2人で旅行に行けるほど仲良しである。いわゆるマザコンというやつだ😂😂

今、振り返っても部活動も勉強も上手くいってた中学生活の中で、生きた心地のしなかった魔の1週間だった。だからこそ自分の中で『良好な人間関係』というのは、間違いなく大切な幸せの要素である。

小中の友達は、地元に帰ったらいつでも声をかけてくれて何気ない昔話をして、楽しい時間を過ごしてくれる。

高校では、くそ田舎から大学進学を目指して共に切磋琢磨し、高め合った受験仲間がいる。

大学では、今までの人生で関わったことないような人達といっぱい関わらせてもらった。ザ・関西人てきなめちゃくちゃおもろい先輩やら、週3回とかでオールボーリング行ったり、淡路島でくそ寒い中釣りやったり、何回も吐くまで飲み会できる同級生がいたり、めちゃくちゃ金持ちのケチがいたり、意識高い系イベントに誘ったら喜んでついてきてくれるやつがいたり、就活で困ったときには必ず相談乗ってくれた先輩がいたり、新歓でちょっと喋っただけやのにいっぱい良くしてもらった先輩がいたり、今思ったらめちゃくちゃひとに恵まれてる。

こういう人達と良好な人間関係を築けているときは、幸せであることは間違いない。

そろそろ終着地点が分からなくなってきたので、無理矢理終わらせると、、、


人生の中で、自分なりの『意味合い』を見出し、人生をかけて『没頭』できるもの、ことを見つけて、自分が大切にしたいと思える人達と『良好な人間関係』築いていき幸せな人生にする!


て感じのクサイ感じで終わらしときます、、、

最後まで読んで頂きありがとうございました😊
今日も、一日お疲れ様!

また明日!!!


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きっと今日のあなたは大吉❗️
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○大学4年商学部○三重の田舎出身○寿司好き○スポーツ全般好き○西野亮廣エンタメ研究所
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