象形文字の翻訳の価値
グーグルが象形文字の“Google翻訳”を可能にするために、ヒエログリフの解読補助ツールをつくったという。面白い取り組みだなと思う。一般の人の興味を惹くし、直接的に私たちの生活に何かを与えるわけではないが歴史的・文化的にも意味がある。
この技術をどのような分野に応用していくかはGoogleは明らかにしていないという。シンプルには暗号解析だろうがもっと奥深いかもしれない。ヒエログリフには終止符が使われず、文章の始まりと終わりがなく、左から右、右から左、上から下などさまざまな方向に書かれているという。そういうの記号の有意の組合せから意味を見いださなければならないというチャレンジだからだ。パズルとしてどのようなアルゴリズムが有利になるのか研究者は心を刺激されるだろう。
解決すべき課題を上手にみつけるのが研究者のセンスだと思う。面白そうであると同時にその先の広がりが感じられ、解けそうでありながらすぐには答えが出ない問題。しかも、その先には一つの分野を形作れそうな波紋を生み出す投げかけであるもの。通信の分野ではそもそもインターネットの方式・考え方がそうだったし、無線の帯域をどうやって有効に使うかというTDMA/CDMAの議論もそうだったと思う。DARPAの未舗装路を制限時間内に走破するグランド・チャレンジや、阪大からの提案で始まった自律移動型ロボットによるサッカー競技会:ロボカップもそうだろう。私の身近なところではは慶應義塾大学の井庭さんたちが進めているパターン・ランゲージの人間系への応用もそうだと思う。
もう10年以上前になるが、当時、富士通研究所の役員だった津田俊隆さんにインタビューをしたことがある。そのときに「研究者のキャリアにとって大事なことはなんでしょうか?」とお聞きした。津田さんが話したことの中で私の印象に残っているのはこんな言葉だ。記憶でしかないので言葉はそのままではない。しかし、少なくとも私は以下のように意味で受け取った。
研究機関に所属しているからといってよい研究者であるとは限らない。別にそれは研究に限らない。どの分野でもそうだろう。組織に所属していることや肩書きがあることが、その人の価値を生み出しているわけではない。
一方で、どの分野、どの世界でも良い人たちがいる。ここでいう良い人とはその分野のことを真剣に考え、何かを創っていこうとしている人たちだ。私の中では津田さんもその中の尊敬すべき一人だ。
20年、30年、50年、100年というスケールでみれば、人も組織もやがて入れ変わっていく。大切にされる価値も変化するし、領域を切り拓く問いの内容や分野も変化していく。しかしそれでも、私は変わらない価値もあるのではないかと思う。それを私はその分野の規範(discipline)だと思うのだ。
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