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卒業する者に言うことはいつも一つ:宿題は必ずまた目の前に現れる

 本務校の卒業式が中止となり(例年は武道館だが、もう2度とない”両国国技館例外的措置”となるはずだったが、これもまた幻に)、卒業生にとっては、学部長より卒業証書をもらい学生証を教務課に返すだけの門出という、切ない日曜日でありました(かつ「用事済んだら直ぐ帰ること」と言われたそうです)。

 我が専修大学法学部政治学科岡田憲治ゼミナールでは、毎年22日の卒業式の日は、黒門(本学のシンボル)の前で写真を撮り、宴を催し、二次会はホテルのスイートに部屋をかり、OBG交えて語り合うのが定例でした。

 しかし、指導教員が年度を跨いで研究休暇であったため、追い出す側の3年生がおらず、かつこのウィルス騒ぎで何もかもが中止となり、ゼミナール論文の編集と製本も自分たちでやるという、気の毒な4年生でした。

 通常、スイートの和室で行われる「卒業生一人ひとりへの指導教員の餞(はなむけ)の言葉」も、ガヤガヤと騒がしい居酒屋でやるわけにもいかず、これまた異例の「深夜の公園での儀式」となりました。
 そして、学校という「階段の踊り場」を出ていく者たちへ伝えることは毎年まったく同じです。

 学校は出ていくが宿題は終わらない。それは次のステージで必ず形を変えて眼前に現れる、ということです。

 僕たちは宿題から逃れることはできないのです。
 もしそれを「宿題なのだ」と思わずにいられぬのなら。逆説的ですが、そのことを確認するために「卒業」という儀式は存在するのです。何も終っちゃいないんだよと。

 四年生のうちの一人は、夜はカプセルホテルに泊まり、翌朝一路和歌山に行くんだそうです。最後まで就職先も進学先も決まらず、「あいつはどうするつもりなのか?」と心配していた若者です。
 「和歌山に行ってどうするのか?」という質問に対する彼の回答は、忘れられないものとなりました。

 「先生、僕は和歌山に行ってマタギになります」。

 この商売を続けていると、時々、本当に予想もしていなかったことが起こるのです。三日やったらやめられないというやつです。
 「マタギの政治学」というものを創造するならば、いったいどういう政治学になるのか?眩暈がしてにわかには先を考えられません。まったく、お前ってやつはっ・・・。紀州にもマタギがいるのか?・・・とか。
 でもいいのです。とにかく健康に気をつけて人生をエンジョイして欲しいのです。夢のように若いのですから。君は。

 人気の消えた寂しい駿河台下にほど近い公園で、五十も半ばを過ぎて、暖かい春の晩に、こんなことをやっている自分の幸福を噛み締めた次第です。

**********************************2020年3月23日 フェイスブックに投稿した原稿を加筆修正。


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