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Can you celebrate? 《Can you celebrate?な夜》第4話

 その日の昼間は、実家のカーポートの屋根の補修に取り掛かっていた。
少し前に来襲した台風21号(関西空港の連絡橋にタンカーが衝突するなど、風の被害が大きかった台風)の強風で、実家のカーポートも破損していた。
 しかし、9月の上、中旬はまだ暑かったので、補修作業を延び延びにしていたのだ。
その日は前線が南の海上まで下がり、少し秋らしい空気に入れ替わってきて
いた。カーポートを検分して必要な資材を見積り、ホームセンターへ向かった。ホームセンターで塩ビ板や留め具などを買い、また、その塩ビ板の切断加工をしたりした。実家に戻った頃から風が強くなってきた。塩ビ板が風に煽られるために作業がしづらくなり、その日の作業はあきらめて翌日にすることにした。
 
 自宅に戻って一息つき、それから夕飯の支度などをしていた。
午後7時に北側の共用通路を数人の声がこちらの方へ接近し、通り過ぎ、 そして隣室に吸い込まれていった。しばらく室内を眺めて回るような様子があった後、大きな声で騒ぎ始めた。


 ところで、注意文書は何号室が発生源であるかのような表現はなく、一般論的な内容となっていた。(周辺の部屋であれば、なんとなく見当はつくが)そのように一応、面子を潰さないように配慮はされていた。
 しかし、このように大騒ぎを自ら起こせば、『発生源は自分達です』と 自主しているようなものだ。
 
「ワハハハ」とか「ギャハハハ」とか、ものすごく大きな笑い声が響き渡っていた。この感じだと、建物の反対端の部屋まで響き渡っていたかもしれない。わざと大きな声を出して騒いでいるような感じなので、注意文書に対する当てこすりなのだろうと思った。
 聞こえてくる声から、客人は男女2人と思われた。しばらくすると、足音が玄関の方へ向かい、北側共用通路へ出て行った。その後、私の部屋と隣室との境目あたりから、男性2人が話をする声が聞こえてきた。それとともに、タバコの臭いが漂ってきた。住人の女性がタバコの臭いが嫌いなようなので、外に出て吸い出したのだろう。普段、隣人たちがタバコを吸っている様子はないので、吸っていたのは客人の男性なのだろう。
(話の内容が分かったり、タバコの臭いが漂ってきたりするのは、北側の窓を開けっ放しにしていたからだ。)
 会話の内容から、どうやら職場の先輩後輩の関係にあると思われた。住人の方が先輩なのか、客人の方が先輩なのかは分からなかったが。会話の中で、「〇〇さんとこは、どうされているのですか。」と言っていたので、 どちらかの苗字が〇〇さんなのだろう。そう。実は隣に挨拶に行っていないから、隣の住人の名前を私は知らないのだった。
「そのうちに ”ウォー” とか言いながら飛び出してくるんじゃネ。」
彼らは遭遇戦を期待していたのだろうか。キツツキ作戦か。

 男性2人が室内に戻ってから、私はこっそりと玄関から外に出た。状況を確認しようと思ったからだ。まずはアパート周辺の路上に駐車している車をチェックした。それらはすべて、いつもの週末に止まっているメンバーだった。見慣れない車は止まっていなかった。客人は歩いてきたか、隣人が車で迎えに行ったかどちらかだと推定した。それから南側からアパート全体を 確認した。日は暮れていたので、何号室が在室か不在かを明かりから見当を つけた。後日、証人となってくれるかもしれない。隣室はカーテンも窓も 閉め切っていた。
 こっそりと自室に戻り、隣室の観測を続けた。大きな声での騒ぎはずっと続いていた。途中で何度か、男性2人がタバコを吸うために北側通路に出てきた。
 建物の下階のどこかの部屋から、網戸を強く「バシンッ!」と閉める音が
何度か響き渡ってきた。しかし、そのような抗議は彼らには全く通用しない。というより、そもそも聞こえていないだろう。

 この騒ぎが注意文書に対する当てこすりだとすると、焦点は『午後10時 から午前6時までは休息の時間で・・・』の中にある午後10時に、この騒ぎをピッタリやめるのかどうか、ということになる。
 私は大騒ぎに耐えつつ(といっても苦行のようではなく、本を読んで  いた)午後10時が近づくのを待った。

 午後10時の5分くらい前に隣室の女性2人が歌いだした。
「今夜からは~~ど・う・ぞ・よろし-くね~~♫。」
安室奈美恵の ”CAN YOU CELEBRATE?” だ。
それが終わると、
「せ~のっ」
「Oh,say can you see , by the dawn’s early light・・・」
アメリカ国歌である。彼らはこの歌のことを自由の象徴だと思っているようだ。
 
 彼らにとって、アパート内でパーティーをするのは権利であり、自由で あると思っているのだろう。
 しかし、『権利』『自由』という言葉を掲げさえすれば、世の中でなんでもかんでも無条件に認められるとは限らない。また、自分たちが『正しいと思うこと』が、世の中でも無条件に『正しい』とされているとは限らない。

※Can you celebrate?:「バカ騒ぎしない?」「お祭り騒ぎをしようぜ!」                                          などという意味にも受け取れる。

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