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魔女のパン

2020年末。
ゆっくり文庫さんの「魔女のパン」を視聴した。


その際いくつかの「気づき」があったので、どこかに書き残しておきたいと思い、急きょこのnoteをはじめた。

オー・ヘンリー『魔女のパン』のことは、にゅんひさんの動画で知った。


というかオー・ヘンリーという作家自体、文庫系動画を見るようになってはじめて知ったと思う。
オー・ヘンリーは何人かの投稿者さんが動画化していて、その作品どれもが、心に残るものがあった。そのうち原作も読んでみようと思っていたところ、古本屋で『オー・ヘンリー傑作選』(大津栄一郎訳・岩波文庫)をゲット。

動画で知り、原作を読んだことで、わたしの中で『魔女のパン』はある種の完結をむかえていた。
そんなところに文庫さんの「魔女のパン」がぽん、と不意に現れて、わたしの中の『魔女のパン』への認識がもう一段階深まった。

文庫さんの「魔女のパン」は、物語の余韻がポジティブなものになるように工夫されている。
その工夫に対して、原作が「救いがない」「かなしい」「つらい」話だったので、このようなつくりでよかったというようなコメントがいくつも寄せられていた。
それらのコメントを見ながら、わたしは「みんなやさしいなあ」と感心していた。と同時に、そのように感じる(コメントの感想とすこし距離がある)自分に対してなにか違和感のようなものを抱いてもいた。
けれどその直後、不意に両開きの窓がガバっとひらいたような、視界が広がったような感覚になった。

わたしはこのお話に対して、とくにマイナスの感情を抱いてはいなかったのだ。

このことに気づいた瞬間から、この作品のすばらしさに次々と目がいくようになった。
なんといっても、この短さでこのクオリティの話をまとめあげているのがすごい。
冒頭からぐっと物語に入り込め、情報がたりないとも展開がはやすぎるとも感じず、「適度に・ちょうどよく」ストーリーがすすんでゆく。そしてラストに、心地よくひっくり返される驚きがある。

ショートショートは短くて気軽に読めるいっぽうで、書くのはほんとうに難しいと聞いたことがある。
少ない紙幅の中に物語の起承転結をすっきりおさめるだけでもかなりの難易度なのに、そのうえ文字数をセーブしつつもあっと驚く結末となるような仕掛けをうまく配置する……しかもそれは、ストーリーにきちんと馴染んだものでなければならない。すこしでも強引だったり悪目立ちすると、作品が短いこともあって、それだけで物語のバランスが崩れてしまうから。

マーサ(パン屋)視点で物語を素直に追ってゆけば、読者はどうしたって無意識に「パン=食べるもの」と思い込んでしまうだろう。
この思い込みが、作中のマーサには悲劇となったが、わたしにとっては心地のよい「ひっくり返り」となった。そしてこの「心地よさ」が、物語の「悲劇性」を上回って心に残っていたのだと思う。だからコメントの物語評と自分のこの作品への印象の違いに、あれ……?となったのだ。
言うまでもないことだけれども、オー・ヘンリーは、こういう物語の核となる仕掛けをさりげなく配置するのがほんとうにうまいのだと思う。
今なお世界中で愛され読み継がれているというのも納得である。

個人的にとても好きなのは、内容は一貫してマーサ視点なのに、タイトルだけは視点が変わり『Witches' Loaves』と一刀両断しているところ。
「視点」とか「立場」によって見えてくるものがちがって、ズレが生じ、それがどんどん大きくなって……というタイプの話がもともと好みなので。
ドイツ語なまりの男性視点でこの話を眺めてみたくもあるけれど、彼からするとこれはもうもらい事故のようなものなので、「物語」とはならないだろうなあ。

ところで、今回文庫さんの「魔女のパン」を見たのをきっかけに、久しぶりににゅんひさんの「魔女のパン」も視聴してみた。すると、お二人の描くマーサにけっこうちがいが感じられて、それがすごくおもしろかった。
にゅんひさんのマーサは意外と明るいというか、ちゃきちゃきしてそうなイメージ。ところどころで挟まる接客の演出が、「商店街の人気者」とはいかないまでも、「地域に根差したパン屋の主人」然としていて、接客業に携わっている者の貫禄のようなものを感じた。
いっぽうで、自分が原作を読みながら想像したマーサは陰気でこれでよく客商売できるなって感じのキャラクターだったので(失礼)、文庫さんの描いたマーサに近いかもしれない。まあ文庫さんマーサのほうが、わたしの頭の中のマーサよりも格段に愛嬌も愛らしさも上だけど。(このあたりで自分のマーサ像はひどく手厳しいことに気がついた…笑)

このお二方のマーサ像のちがい、動画の仕上がりにも視聴後の余韻にもその影響があらわれていて(あたりまえといえばあたりまえなのだけど)、たいへん興味深い。
文庫さん版マーサは内に秘めた素直さ・愛らしさにより、よき友にもめぐまれ、本編ではつらい思いをしたかもしれないが物語「後」への明るい兆しがうかがえる。
一方のにゅんひさん版は、原作どおりの無情感というか心がきゅっとすぼまる終わり方。ただ、そのラストでにゅんひさんの描き出すマーサ像が仕上げのスパイスとなって、動画(物語)全体をぐっと引き締めている。
じつはこのことは、わたしのにゅんひさん版「魔女のパン」での最推しポイントにとって重要な意味をもつ。
にゅんひさん版「魔女のパン」のラストに出てくる、「彼女のちいさなおせっかいはなくなりました」という一文が、すごくすごく好きなのだ。このひとことがあることで、それまでたびたび出てきていたマーサの世話焼きっぽい人柄のうかがえる接客の描写がもう一度説得力をもって蘇ってくるし、ドイツなまりの男性との一件で変わってしまったマーサの姿もありありと思い浮かべることができる。
くどくどと説明することなくぽつんと静かにつぶやかれたようなひとことを添えるだけで、物語に一貫性と説得力を持たせさらにはせつない読後感を余韻として静かに響き渡らせることができるなんて…!素晴らしい…!と大感動したのだった。
(自分はついついくどくなってしまうので、そういう意味でも大尊敬)

一方文庫さん版「魔女のパン」の最推しポイントは、なんといっても「魔女」の落としどころ。なるほどなあととっても腑に落ちた。
わたしが読んだ原作では『古いパン』という邦題がつけられていたので、タイトルに関してはあまり重要視していなかったのだけど、改めて内容を考えてみると、やはりこの作品は『魔女のパン』であるべきだと思った。
マーサの行った、古パンにバターを突っ込むという行為は、残念ながら純粋なおせっかいと呼べるものではなかった。親切心半分、「これをきっかけに好意を寄せてくれるかも」という打算的考え半分といったところだろう。したがってこの「おせっかい」が裏目に出て、期待していたのとは全くちがった形で返ってきたとき、マーサはより深くダメージを受けたのではないだろうか。だって彼女はこの「おせっかい」の本質を、誰よりも理解していたのだから。
そう考えると、タイトルで『Witches' Loaves』と、「おせっかい」を強く非難しているのは、じつはマーサ自身なのかもしれない。

ところでこの作品名について、すこしおもしろい発見があった。
これまで何度も触れてきたことだが、『魔女のパン』の原題は『Witches' Loaves』である。以前は気にも留めなかったのだが、今回改めて『魔女のパン』について考えた際、ひとつ気になることがあった。
あれ? Loaves? と。
breadとかじゃないの? と。
そして、そもそも自分Loavesって単語知らんな? となったので辞書で調べてみたところ、Loavesはloafの複数形で、loafはパンひとつを示すとのことだった。パン切れというのではなく、四角だったり長細い形だったりに焼かれた完全なものをいうらしく、これを切ったものはsliceやpieceなどで表すのだそう。ああ、ミートローフのローフってここからきてるのかもな、と想像することでなんとなく形状は想像できた。タイトルでLoavesと複数形なのも、男が毎回パンをふたつ購入していたからだと理解した。
おもしろかったのは、次の点。loafには英俗で「脳みそ」という意味もあるらしく、例文として、Use your loafで「頭を使え」「考えてみろ」という意味になると載っていた。
このことを知ったとき、ひょっとしてこの作品、『Witches' Loaves』というタイトルで「魔女のパン」「魔女の考え」というふたつの意味を持たせているのでは、という考えがふとよぎった。
イギリス英語とアメリカ英語ではけっこうちがうところがあると聞くし、俗語となったらなおさらだろう。作者のオー・ヘンリーはアメリカ人なのでloafの英俗的用法を知っていた可能性は高くはないと思われるが、個人的になんとなくわくわくする思いつきというか妄想となった。


わたしは「ゆっくり文庫」という動画群に触れるまで、二次創作と呼ばれる類のものをほとんど享受することなく生きてきた。はじめて文庫系動画に触れてから二年ほど経ったと思うが、このごろようやく、自分はこういうタイプの二次創作が好きなんだろうな…というものがうっすらと見えはじめてきた。
その最たるものが、今回つらつらと書き綴ってきたような体験ができるもの。つまり、原作理解が深まるような二次創作である。そういう作品に触れるとすごくわくわくする。こんなふうに感想文なんかも書きたくなっちゃったりする。

とてもよい動画視聴体験でした。


■参考文献
『オー・ヘンリー傑作選』大津栄一郎訳
(岩波文庫/1979年11月16日 第1刷発行・1995年5月6日 第34刷発行)

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