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福祉の定義って??


先日、飲みの席での事。仲間より、「福祉の定義ってなんだと思う?」と聞かれ、考えこんでしまいました。彼は、地方自治体に協力して漁業のデジタル化などの取り組みもしているから、色々と考える機会も多いのでしょうが、私にとっては、考えも、経験もゼロに近い分野です。

日本は高福祉国家?

比較的経済発展した関西圏で、昭和に生まれ育った私の目に映る今の日本は、東京など、一部地域を除けば全体として低成長で、高福祉国家並の高負担と米国並の低福祉、不平等感の組み合わせのような状態に向かっているのではないかという印象です。福祉の運用については、政府や地方自治体などの官僚組織の在り方の議論も避けて通れないでしょう。マックスウェーバーは、官僚組織が公平性を重んじる結果としての「没主観性」、「非人間的」が支配的になる事を指摘しており、結果として、プロセス自身が自己目的化する「目的置換」が発生するとしています。「福祉の定義ってなんだと思う?」という問いは、福祉の本質的な意義の認識が薄れ、次々に問題や不満が顕在化するこの国のカタチを振り返り、どういう社会に住みたいか?を一から考える時に来ているという事なのでしょう。

どういう社会に住みたいか?


を考えるにあたって、私に多くの気づきを与えてくれるたのが、この書籍です。詳しくは本書を読んでいただくとして、考えさせられたのが、あなたが弱者を助けない島に住む1人だとして、家族を交通事故で亡くし、自身にも脳障害が残り仕事ができない状態で、自己責任だと言われたらどうでしょうか?という問いです。「自殺する」、「社会を恨んで無差別テロをする」「政治家を恨んで殺しに行く」。誰でもそうなる可能性がある、「追いつめられた弱者」が増えていく事が平和で安心な社会につながるのか?一方、セーフティーネットがきちんと機能している社会は治安が良く、みんな伸び伸びと過ごせるため経済活動も活発になり、イノベーションも生まれやすいと著者は指摘します。

wellfare=福祉の語源で考える


英語で福祉はwellfareですね。改めて語源を調べてみると・・・

well=良く fare=生きる

なんだそうです。社会全体としてセーフティーネットが機能しており、平和で安心な社会で生きる事を目指すという概念と整合していますね。因みに、well<>fareをひっくり返すとfarewell(日々の別れより、重たい言葉)になるので、ひょっとして関係あるのかな???と語源を調べてみたところ。

farewell=いい人生を!=告別

私流に解釈すると、「これからは別のコミュニティ(おそらく別の価値観)で別の人生だけど、元気でね!」という事でしょうか?笑。ダイバーシティの重要性が叫ばれて久しいですが、差異に注目するより、多くの価値を共有できる共同体がwellfareの前提になってくるような気がしてなりません。

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