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刑務作業はご褒美じゃありません(窃盗) 傍聴小景 #23

「あなたは手元に唯一ある100円でどうやって飢えをしのぎますか?」
昔、深夜にやっていたテレビ番組で、ホームレス生活をすることになった作家が、一発逆転したエピソードの中で出された問いです。

その人は、いわゆる「せどり」をして、某黄色い看板の古本屋で100円で売られている名著を買って、価値のわかる店舗に高値で買ってもらい、手持ちを増やしていったという話が、中学生くらいの僕には「物の価値」を考えるにあたりすごく新鮮でした。
転売という言葉が広く一般的になる中で、この「せどり」って言葉もいろんな意味でつかわれるようになりましたが、今でもこの言葉を聞くと、この話を思い出すのです。

はじめに

罪名:窃盗
被告人:60代の男性
傍聴席:平均2人

窃盗と言っても、
その盗んだものを直接自分の所有物にするタイプと、
転売してお金にする人がいます。
転売の場合の裁判を見ていると、そんなもの盗って、どこに売るんだろうと疑問に感じるものが一定数あります。

事件の概要(起訴状の要約)

被告人は深夜、工事現場に侵入して、
銅線が入った3袋(13,000円相当)を窃取した

過去に有名人の方も盗んだことがあるとして、ちょっとした日の目を浴びることになった銅線泥棒ですが、実は裁判ではちょいちょいお目にする犯行だったりします。
そりゃあ現金などのように厳密に管理はしていなさそうですが、これを選んでいる時点で仕事で関連しているのか、前科ありかと思ってしまいます。

だって僕だったら、道端に「誰か親切な方、拾ってあげてください」とワンちゃんばりに銅線が置いてあっても、使い道も転売先も思い浮かびませんもん。
あーでも、僕、中学生のときに家で「イライラ棒」のステージを再現したいと思ったことがあったので、そのときだったら、銅線拾って中途半端に作って、ワンチャンばりに「そんなの捨ててきなさい」って親に言われただろうなぁ。

検察官による証拠の提示

・被告人は前科3犯あり、そのうち2件は窃盗の前科
・前刑の執行から今回まで15年空いている
・年金、生活保護での生活に苦しみ、生活費欲しさに行った犯行と供述
深夜、盗品を自身の自転車で積んで走っていたところ
 職務質問を受ける中で、その受け答えに不審な点
があった

そりゃあそうでしょうね、深夜に銅線をチャリに積んで走ってる、真っ当な理由なんて浮かぶ柔軟なトーク力があったら、きっと他の道で食えていけますもん。

それにしても、生活費欲しさという動機は容認はできないものの、そういう人もいるよねくらいの同情はあるかと思います。
その収入の厳しさ、そして前の刑から15年は犯罪を犯していないことから、頑張っても報われない苦労みたいな話になるのかなと思ったのですが、意外な方向に話が進みます。

被告人質問

「工事現場にはどうやって入ったのですか」
「カギが開いていて、中の様子が見えたもので」

「工事現場には、盗ったもの以外にも銅線は残っていたのですか?」
「はい、たくさんあったかと思います」

「もっと盗って転売してしまおうという気持ちはなかったのですか」
「普段、缶とか拾って売っていますので、必要以上に盗るなどは」

「ひとまずの生活が出来ればということかな」
「はい、そうです」

弁護人としては、盗ったのはダメだけど、必要最低限の分しか盗ってないから悪質性は薄いと言いたいご様子。最初の質問は計画的な犯行ってことじゃなく、突発的なものですってことですね。
よく、「計画的でないから・・・」という主張を聞くのですが、これってどれだけ法的に考慮されるかは不明です。計画的犯行の悪質性はわかりますが、突発的に犯行を行ってしまうというのも自制心が足らずで十分再犯の恐れなどありそうで、個人的にはどっこいどっこいなのですが。

「前刑はどういう理由で裁判になったのですか?」
「ギャンブルで作った借金で生活に苦しくなってしまい」

「ギャンブルはもうやっていないね?」
「はい、もう全くやっていません」

「缶を売る仕事以外で、普段は何をしているんですか?」
「家で読書したり、日曜大工をしていますね」

「じゃあ、ギャンブルによる生活苦でなく、
  ちゃんと慎ましく生活しているということでいいですね」
「はい、そうです」

これで質問は終了。
前刑はギャンブルがよっぽど大きな原因だったようですね。ギャンブルはもうやっていないという論調に終始していました。
再犯をした人ではあるけども、ギャンブルから足を洗って前とは全然違う人です。それで、苦しんだうえでの犯行なのですという主張なのでしょう。

まぁ言いたいことはわからなくもないですが、結局犯罪に手を染める選択をしてしまった時点で、非難を免れることはできません。今回の裁判を経て、改めての生きるための指針を感じ取って欲しいと切に願います。

検察官が弁護人のあとに質問します。

「銅線を売る業者はどうやって知ったのですか?」
「拾った缶を売る業者が受け付けてくれました」

「その缶を拾う仕事は生活が苦しくてやっていたの?
「いや、どちらかというと、やることもないので時間つぶしですね」

「ん?生活に困っていたから、そのためにやってたんじゃないの?」
「いや、生活は楽ではないですが、苦しいってほどではなかったです」

なんだか、おかしな方向になってきました。生活に苦しくて盗っていたという今までの供述や、今回の犯行動機がわからなくなってきます。
当然、検察官は聞きます。

「えっ、じゃあ今回、銅線なんてどうして盗ろうと思ったの?」

「いや、日曜大工をするための費用にしたくて」

なんでだよ!
今の「なんでだよ」は被告人にじゃなくて、弁護人に対してね。
ギャンブルじゃなくて、日曜大工に金の行き先が変わっただけじゃんか。そりゃあ、ギャンブルほど悪質というつもりないけど。いい具合に本当の動機を隠そうとしていた方がよっぽど悪質だわ。

判決

主文 懲役二年、執行猶予四年

さほど困窮していないにも関わらず、安易で短絡的な犯行
・窃盗前科があり悪質だが、時間が経っていることもあり
 執行猶予をつけ再度の更生機会を設ける

判決においても、しっかり困窮していない状況が認定されてしまいました。

執行猶予がついたので、今回のことで刑務所に入る必要はありません。
裁判官から「もうお歳もお歳なので、これからの人生に大事にしてくださいね」と温かい言葉に対して、被告人

「そうですね、これからは限られた中で日曜大工を楽しむとします」

想像以上に、日曜大工中心の生活になっていたんですね。

はっ、まさか!
日曜大工の材料欲しさに窃盗した被告人ですから、
刑務作業を日曜大工と捉えて次なる犯罪に手をかけるなんて…

なんて心配が杞憂に終わることを心より願います。


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